倒れてなお、逃げようとする二人。
「宮中っ、なにやってんだ!
早く逃げろ!」
「そうだよ美月ちゃん!ついでに俺も連れて逃げてェェ!」
坂田さんのセリフ、駆け落ちするときのセリフみたい。
それに逃げる必要はない。
「悪霊でもないのになんで逃げるんですか
ほら、お二人が騒ぐから親父さんがこっち見てますよ」
二人が霊体の親父さんに目を向ける。
「やべーぞ!親父こっち見てる!
めっちゃ見てる!!ガン見してる!!」
「目ェ合わせんな!!
そーだ、さっき美月ちゃんが言ってたように気づいてないフリしろ!!」
とうとう親父さんがこちらに歩きだす。
「オイィィ!親父こっち来た!!来てるぞ親父が!」
いつもの冷静沈着な土方さんからは想像できない焦りようだ。
「こうなったら死んだフリしかねえ!死んだフリしろ!」
なぜ死んだフリで乗り切れると思ったのか。
そうしている間も親父さんはこちらに近づいてきている。
「ちょっと辰吉、お葬式中になにやってんだい!」
他の参列者のおばさんの声がした。
見るとおばさんの息子らしき人が、読経が長いとかいう理由で音楽を聞いている。
ふとどき者め。
おばさんの注意にも耳をかさない辰吉と呼ばれていた人は、霊体の親父さんに張り飛ばされた
壁が壊れるほど張り飛ばされた。
その親父さんがグラサンをかけ、葉巻を吸い出したかと思ったら筋肉で服の袖が破れ、筋肉隆々(りゅうりゅう)のアメリカンな親父さんに急変。
指をバキボキならす姿からは、元の親父さんは想像できない。
二人は一瞬固まったあと、盗塁する野球選手のように元の場所に滑り込み、ガクガクブルブルしながら正座する。
あまりに二人がガクブルするものだから、厠に行かなくていいのかと聞かれるも引っ込んだ、で片付けた。
「親父は…見張りにきたんだ
葬式がちゃんと行われるか見張るため地獄の底から戻ってきたんだ」
「土方さん、人は四十九日で成仏するんですよ
あと地獄の底って無限地獄じゃないですか
行くだけで二千年かかりますよ」
親父さんは無限地獄に落ちるような悪人でもないし。
「と…とにかくだ
この葬式…へたしたら」
「「親父に祟り殺される」」
二人揃(そろ)ってなぜそんな結論に行き着くんだろう。
「じょ、冗談じゃねェェェ!
俺の知ってる親父は少なくともあんなハードボイルドじゃねェぞ!!
俺が知ってるのは気のいい定食屋の親父だ
美月ちゃんもそうだよな!あんな親父知らないよな!!」