全部 置いてきた
大切な者も物も
あの人から貰った物さえ。
あの人との思い出だけを胸に抱いて。
私の心は春暖日和りを通り越して常夏日和りだ
思いがけず届いた手紙が私を浮かれさせる。
逢う約束をした日には有給を取ったし、着ていく着物も決めた
後は逢うだけ。
約束の日
時間より早く着いたのに手紙の送り主である涼夜(りょうや)は先にきていた。
手を振る私に気がつくと涼夜は走ってきて私を抱き締める。
「会いたかった」
「私も会いたかった」
「遅くなってごめん」
「会いにきてくれただけで…いい」
笑顔が漏れた。
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見てしまった…。
今までにないほど嬉しそうに出かける美月ちゃんが気になって軽い気持ちで後を付けたのが間違いだった、
まさか本当にデートとは…。
俺の知らない男に抱き締められて幸せそうに笑う美月ちゃん
甘えるように男の胸に顔をうめた。
どう見たって恋人同士だよ
………凹む。
気持ちと肩を落として俺は屯所に帰った。
気を取り直そうとミントンラケットを手に取ったけどラケットってこんなに重たかったっけ?
素振りする気力すら湧かない俺はラケットを握ったまま ただ突っ立っていた。
思い出すのは美月ちゃんとミントンしていたときのことばかり
あの時が一番幸せだったよ。
昼飯の時間になっても俺は突っ立っていた。
「山崎 メシいかねえの」
割りと仲のいい奴が声をかけてきた。
「…欲しくない」
美月ちゃんの手料理食ってみたかった。
「大丈夫か?うわっ顔色悪いな」
「世の中には知らないほうがいいことがあるんだよ」
「監察が何言ってんだ
つーか虚ろな目が恐いんだけど」
いっそ喋ってしまおうか?
少しは気が楽になるかもしれない…。
絶対誰にも言うなよと前置きして見たことをそいつに話した。
最初こそ信じなかったが俺の真に迫る様子を見て信じ
そいつも凹んだ。
そいつはあまりのショックに美月ちゃんの話を胸に止めておくことができず、誰にも言うなよと言って他の奴に話していた
咎める気力など俺にはなかった。
そこから先は伝言ゲームのように人から人へと広がっていく。
この分だと局長の耳にも入ることになるだろう。
さらに見回りに行った奴から新たな目撃情報がよせられ 屯所内は異様な静けさに包まれた。
「てめーらなに辛気くさいツラしてやがる」
何も知らない副長にも隊の奴らが教える。
「んなわけねーだろ」
信じなかった。
「土方さん何かあったんですかい
どいつもこいつも辛気臭いツラして」
沖田隊長にも隊士たちが教える。
「美月ちゃんに恋人ができたんですよ」
「笑えない冗談だねィ」
他の奴が目撃したことを二人に報告する。
中睦まじくて、悔しいけど
お似合いのカップルだったと。