□冥姫 第四十五話 後編
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水道から流れる水を見ながら あの日のことを思い出した。


土方さんが倒れたとき…身体が冷えた感覚がした、

たぶん血の気が引いたんだと思う。


倒れた土方さんの身体に触れたとき私の掌は血に濡れた。


左頬、左右の二の腕、右膝、背中を斬られ、左肩は銃で撃ち抜かれていたのだから血に濡れて当然だ。


見慣れたはずの赤色
色の変わった掌を呆然と見つめた。

命に別状がないと聞いたときは心底安心して涙が出そうになったような気がする。


水が溢れる前に水を止め、花を活けて病室に戻った。


花瓶を机に置き、上体を起こして座っている土方さんに向き直る

そして脈絡なく、許可もとらず、土方さんの右頬にペトリと触れた。


「なんだ?」

「少し…」


あとに続く、確認させてください
という台詞はなぜか声に出す気にはならず、顔を僅かに近付け凝視する。


暖かい頬も、瞼が瞬(まばた)きするのも、不思議そうな表情も生きているから。


生きている、土方さんは生きている
なのにこうして触れて確かめないと実感がわかない

私の目の前にいるのに実感がわかない。


土方さんが『しょうがねェな』と言うように息を一つ吐いた。


頬に添えていた私の左手をやんわり握り、胸に押し当てる。

鼓動が脈を打っている。


「俺は生きてるだろ」


だから安心しろ、声色がそう言っていた。


命に別状がないと聞いて心底安心したはずなのに、どこかに不安が残っていたんだと今 解った。


このまま土方さんが目を覚まさなかったら……?
そう思ったら怖くなったことを思い出した。

怖くなって感じた恐怖心は
命に別状はないと聞いて安心したことで消えずに‘不安’へと解消された。


それが私の不安の正体だったと今 判明した。

判明したら、なんだそうだったのかと納得すると同時に不安は消え去った。


不安と入れ替わるように現れたのは、鮮やかな紅色


「やる」

「………」


土方さんを見たあとバラを見た。
ただ見ていた。


「……やっぱりお前に貰ったバラじゃ格好つかねェな」

「いえ…キザだなぁと思いました
土方さん…紅色のバラの花言葉は知ってますか」


キザだから知ってるかもしれない。

知ったうえでくれると言うなら受け取れない。


「知らねェ」

「じゃあ遠慮なく頂きます」

「……気になるだろ、教えろよ」


赤系のバラの花言葉は愛情表現が多い。

紅色のバラの花言葉


「花言葉は……
……死ぬほど
……恋いこがれています」


愛の告白そのままな花言葉。

それを聞くと少し驚いた顔をして真剣な表情になった。

 
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