《ヨザックver.》




「とりっく・あ・とりーとっ!」

「……出会い頭に、何ですか?」


それはアクフィスが入口から顔を出した途端、突然に言われた言葉。

城内の調理場でケーキを作るから、クリームを作っておくように猊下から命じられて、メイドの格好で頑張って泡立てていたヨザックは事態を把握できず、ポカンとした。


お互いの間に、しばし沈黙が落ちる。
泡立てる手を止めたヨザックは、見間違いかと思って目を瞬かせた。

アクフィスもいつも着ている軍服なのだが、頭やお尻あたりに何やら可愛さをアピールする物が付いている。
…猫耳と尻尾だ。手と足には、ふわふわの毛がついた手袋と靴。

着けている本人も恥ずかしいのか、ほんのり頬を赤らめている。


「えーと、お菓子をくれないと悪戯するゾ?」

「いや、俺に聞かれても……」


困ったように首を傾げられて、ヨザックは頭を掻く。
内心はその姿に心臓が煩いくらいに騒いでいるが、頭の冷静な部分で奇妙な格好の意味を探ると、その考えがある事に辿り着いた。


「…もしかして、チキュウの行事ですか?」

「それそれ! 変装だか仮装だかをして、あちこち徘徊する行事らしいんだ。猊下に言われて何かに扮してみたものの…何となく気恥ずかしくて」

「そういや昨日、グレタ姫も何やら羽根のついた衣装をツェリ様に見せていましたよ。なるほど、行事での格好なんスね〜」


そう言いつつ男のツボを知っているようなアクフィスの格好を感心しながら眺めていると、ちょこちょことヨザックの近くに寄ってきてにっこり微笑む。


「だから…とりっく・あ・とりーと! お菓子をくれないと悪戯するぞーぉ…?」

「なんかの呪いですか? あー…お菓子なんてありませんが、代わりにホイップの味見して下さぁ〜い」


ヨザックが抱えていたボウルから、ふっくらしたクリームをたっぷり指ですくい、アクフィスの口元に差し出す。
彼女がまさか悪戯するとは思わないが、万一、何か仕掛けられたらたまったものではない。

ケーキや生クリームなど初めてのアクフィスは、嬉々とした表情で差し出されたホイップクリームをぱくっと口に含む。
ぺろりと唇についたものまで舐めると、嬉々として「美味しい」と笑う。

ホイップクリームは、上々な仕上がりらしい。
ヨザックがボウルを卓上に置いてふと見ると、彼女の口の端には、舐め取りきれなかったクリームが付いている。


「お嬢、口元にクリームがついてますよ」

「えっ、どこ?」


アクフィスが指摘されて口を触ろうとした時、手につけているふわふわの手袋が邪魔になった。
だからと脱ごうにも、グローブのように厚手な生地らしく、上手く脱げない。

なんとか脱ごうと四苦八苦する姿も可愛いが、ヨザックもいつまでもそんな様子を見ている訳にもいかない。


「お嬢〜、クリーム取ってあげますから、こっちに顔かして下さいな♪」


言われて渋々顔をヨザックへ向けた。
そんなアクフィスの行動に、本当に純粋に信用しているというのが分かって、口の端が自然に上がる。

けど、ただ取るのでは面白くない。


「とりっく、あ、とりーと…でしたね?」

「うん?」


さっき聞かされた言葉を復唱するように言って、ヨザックはアクフィスが逃げられないように腰に手を回す。


「お嬢、グリ江にもお菓子を下さい」

「も…持ってない」

「それじゃ悪戯しちゃうわよ〜?」


手をそっと顎へ添えて、上へ向けさせる。
ヨザックは、ぺろり……と唇スレスレの口元のクリームのそこだけを舐めた。

びっくりしたアクフィスは、思わず身を引こうとする。


「ヨ、ヨザックッ!?」

「あらあら……動いちゃダメよ、お嬢。狙いが逸れて、唇を舐めちゃいますよ?」


その言葉に「うっ……」と、体を硬直させるアクフィス。
ヨザックの瞳は、すでに賢い獣のものになっていた。

執拗に何度も唇スレスレの場所を舐めてくるヨザックに、対するアクフィスは顔を真っ赤にしながら、その恥ずかしい行為に耐えている。


「う〜ん、グリ江が作っただけあって甘いわね!」

「……〜〜〜ッ、お前は犬かぁっ!」


しばらく堪能した後、ヨザックは自分の唇をペロリと一舐めして離す。
反論するため怒鳴ったアクフィスは、我慢していた分もあり、上気した頬に上目遣いで涙目になりかけていた。


そんな状態を見せられて黙っていられるほど、ヨザックとて男としてできているわけではなく、衝動的に「可愛いっVv」と熱い抱擁をやりかけ、
「調子に乗るなぁ!」と、アクフィスに顎に思い切り、愛の肘打ちを食らわされたのは言うまでもなかった。



END.


管理人に栄養



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