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□理由
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 御茶ノ水は曇っていて、雨のおかげで気持ちよく湿っていた。
 不吉な出来事を予感させるような、豊かな雲を見上げ、私は“思わず”グッド・モーニング・ハートエイクを口づさむ。
 雲間から射していた光が引き、ビル群は陰り、褪せる。
 雨がぱらつき、私は慌てて口を噤んだ。
 ややあって雨は引き、思い出したように再び空から光が射す。

 やれやれ。

 私は龍だ。
 我々の歴史を手繰り寄せれば、龍は古くから人に語られてきたように体は大蛇に似て鱗におおわれ、四本の足、二本の角、耳、ひげをもつ動物の容姿をしていたかも知れない。
 私の先祖は江戸時代から雨売りとして客を惹き寄せ、雨を降らしたと聞く。
 しかし鏡の前に立つとき、自身の切れ長の眦、鼻筋、犬歯の際立ったところをじっと見つめていると、人間のものとは異なる遺伝子を受け継いでいる気がしなくもないのだ。

 住まいは錦糸町にある、比較的新しい四階建てのスチューデント・アパートメントだ。キッチン、洗面所、風呂場、トイレは最小限のプランにまとめられ、リビングはベッドと机しか入らないほど狭い。防犯設備と、観葉植物と暖かい照明が点る感じの良いロビーがあることが唯一の利点だ。

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