小説

□Snow edge〜白雪と舞う空〜第0章〈The unsung missing〉
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0.The unsung missing.

「なぁ、もう大丈夫なのか?」
『何がだ?』
 無線越しに、友に空を駆ける親友の素っ気ない返事が返ってくる。
 彼の声が、泣き疲れた後かの様に掠れて聞こえる。
掠れているのは無線機の調子せいか、はたまた本当に彼の声が掠れているのか。

キャノピー越しに見える、何処までも蒼い空。そして遥か下には、その色を映し青く輝く海が広がる。もし今乗っているのが戦闘機でなはく、そしてなおかつスクランブルなんかでなかったのなら、今すぐ高度を下げて潮風を身に受けながら目と心の保養をしたいところだ。
その目を奪われる程青い海に浮かぶ、小さな緑の島々。
日本海における国際問題の数々。その一つが、目の前ににある島−−竹島だ。

「もう立ち直れたのかって聞いてんだよ」
 共に空を飛ぶ親友に、言い直して聞き返す。
『無駄な心配と任務中の私語は控えろよ。俺だって、いつまでもウジウジしているわけにはいかないんだよ。そんなんじゃ、いざあっちに着いた時に美空に何言われるか分からんからな』
 無理に明るく振る舞っているが、相変わらずの掠れ声が返ってくる。右隣りを飛ぶ相棒の顔を眺めようとしたところで、キャノピーとバイザー越しで表情は拝めない。
 だが、その下にある暗く沈んだ面持ちがあることは、容易に想像ができた。
「そうか。ならいい」
『すまんな、心配かけて』
 これ以上このことを話しても野暮だと思い、会話を切り上げる。
 最愛の婚約者が死んだことは、相棒の心に大きく深い傷を残している。
 這い上がろうとする者を前に、それを静かに見守ってやることも必要。それくらいは、気配りが苦手な俺にもわかる。
『こちらAWACS。間もなく目標と接触する。ミサイルだけじゃなく、私語の方にも安全装置を掛けろ。許可無く外すことは許さん。まったく、もっと気を引き締めろ貴様ら』
 通信に凛とした、厳格な声が割り込んでくる。声の主はこのエリアをカバーする、堅物で話が通じないAWACS(空中管制機)のパイロットだ。
 彼も彼なりの配慮で、いつも通りの堅物な接し方をしているのかもしれない。
沈黙の中、突如遥か彼方の空に光を反射して銀に瞬く二つの点が視界に入る。見落としそうな程小さな二つの点は、次第に大きくなり形を成していった。
 その小さな点が、接近してくる戦闘機の機影と分かるには、それなりの視力と慣れが必要だろう。
 そして、反応は相棒の方が早かった。
『こちらホーク7、目標を確認。これより警告を開始する……。ホーク8、お前がやってくれ。どうも無線の調子が悪い』
 相棒は無線が不調だと偽り、警告勧告を任せる。
 AWACSも彼の今の心境を理解しているため、偽りに対して何も言ってこない。
役目を引き受け、無線周波数をオープンに切り替る。ミスの無いよう、頭の中で警告文を一度暗唱してから警告を開始する。
「接近中の機、貴機は−−」
 我が国の領空を侵犯している、と読み上げようとした、その時だった。

ミサイルアラート。

普段は緑色のラインで表示されているHUDが、赤色に変わり、コクピット内には不愉快な警報音が鳴り響く。
「なんだ!? 撃ってきたのか!?」
状況の不可解さに混乱しつつ、操縦幹を乱暴に操作する。まずは自機に向けて放たれたミサイルのロックを外すべく、機体を急激にブレイク。スロットルを押し込み機体を加速させ、適当な思い付きの機動で回避運動をとる。ミサイルは相棒の機体にも放たれたらしく、俺と同じようにランダムに回避運動を繰り返している。
海面へ向かい機体を急降下。
 限界ぎりぎりまでミサイルを引き付け、機体を急激に引き起こす。
「−−!!」
 強烈な負荷が身体に襲い掛かり、肺が圧縮され声にならない声が漏れる。
 さらに遠心力で脳から血液が抜けていくことで、気は遠くなり、視界は次第に暗転しついく。
 何も見えなくなる前に、何とか操縦桿を操り、海面ダイブを回避する。
 急な方向転換に対応しきれなかったミサイルは海面に着弾。塩水で出来た白い花を海面で咲かせた。
 ようやく警報音が止まり、機体を水平飛行に戻す。レーダー上には相棒のEF2000と、ミサイルを発射した張本人と思われる二機の国籍不明機、計三機の反応があった。
「ホーク7、無事か!?」
『あぁ、何とか振り切った! そっちはどうだ!?』
 空を見上げると、EF2000の無尾翼デルタが降り注ぐ太陽光を切り取り、海面に三角形の影が張り付け、ありありとその健在さを示していた。
 日々の訓練飛行でよく見る光景に、少々安堵する。
「よかった。こっちも無事だ」
 機体を上昇させ相棒と編隊を組み直す。
 ミサイルを放った国籍不明機は、回避運動ととっている間に距離を稼いでいた。
 おそらく、第二波攻撃の準備をしているのだろう。
『こちらAWACS! ホーク7、8、無事か!? 応答しろ!!』
 凛とした中に焦りと驚愕が混じった声が響く。彼も、この事態に混乱している。
「こちらホーク8、二機とも無事だ! 奴らこっちの領空に向けて撃ってきたぞ! これは立派な戦争だ!!」
『こちらホーク7! AWACS、交戦許可をだせ! これで引き下がったらなめられるぞ!!』
 他国の領空で他国の戦闘機をミサイル攻撃するなど、宣戦布告以外の何でもない。 しかし、それでも許可がなくては戦えないのが俺達。そしてその許可を申請する窓口はAWACSだ。堅物と有名な彼の裁量に賭けるのは、不安が残る。
いざとなったら現場判断。
 バイザー越しのアイコンタクトで、その意思を確認する。
 しかし、不安とは裏腹に堅物AWACSの対応は早いものだった。
すぐさま彼は俺が先程言いかけた警告文を、英語圏のアナウンサー顔負けの流暢な英語で読み上げる。
 それからほんの数秒間のみ、国籍不明機からの応答を待ったが何も反応も無く、むしろ機影は接近していた。
 それを確認すると、あっさりと判断を下した。

『やむを得ん、交戦を許可する! 全責任は私が負う! 繰り返す、交戦を許可する!』

 普段と全く異なる柔軟な対応に驚き、ホークのコールサインを持つ者達は彼を見直した。
「了解! ホーク8、交戦!」
『ホーク7、交戦! 柔軟な頭でなによりだ』
 お互い編隊を乱さず、高度を上げて敵機にヘッドオン。国籍不明機2機と互いに機首を向け合い、急速に接近する。
 そしてすぐさま、今日二度目のミサイルアラートがコクピット内に鳴り響き出す。
ここで先程のように闇雲にミサイルを巻こうとするのは愚の骨頂だ。
 交戦許可が下りた今の方が、頭が冷静になっている。
 アフターバーナーに点火。接近するミサイルに突っ込む形で機体を加速。ぎりぎりまで近づいたところで、筒の内側を滑っていくかの様にバレルロール。相棒もまったく同じ機動をとり、お互いミサイルを回避する。
 相対速度が速過ぎたことで、ミサイルは近接伸管が作動しないまま俺達を見失い、後方へと遠く過ぎ去っていく。
『こちらAWACS。方位328より新たなる機影、10! くそったれ、中隊規模の戦力だ……増援到着まで何とか持ちこたえろ!!』

『ホーク8! お互い生きて戻るぞ!』

「あぁ、隊長にたっぷり自慢してやるぞ、ホーク7!」



 後に誰も語ることのなくなる、この空の出来事。
 だがその時、確かに彼らはこの空を飛んでいて。

 そこは、大切な相棒と空を飛ぶ喜びを失わせる、確かな「戦場」だった。

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