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小さな物音が聞こえたような気がして、ふと微睡んでいた意識が浮上する。
うっすらと瞼を持ち上げると、ちょうど姉さんが椅子に腰掛けたところだった。


「…あ。ごめん、起こしちゃったな」

「ううん、がっつり寝てたわけじゃないから」


定期検査の後だからだろう、なんとなく疲弊した体と心が睡眠を求めたらしい。
普段は昼間に寝たりはあまりしないんだけどなぁ。


「寝ててもいいぜ」

「俺が二度寝出来ないの知ってるだろ?」

「ふはっ、そうだったなー」


姉さんは椅子に腰掛け、手のひらの上で器用に林檎を剥いていく。
今でこそこんな芸当の出来る姉さんだけど、昔は料理全般苦手だったらしい。
さる方にみっちりしごかれたおかげで一通りこなせるようになったのだと以前言っていた。
解せないのはその林檎を俺にくれるわけではなく自分で食べ始めることだ。


「………」

「はへう?」

「ひとくち」

「う」


差し出された林檎を一口かじる。
よく熟していて美味しかった。


「なー、優一」

「うん?」

「こないだ思ったんだけどさぁ、優一浮ついた話聞かないよなぁ。お前モテるだろ?」

「うーん…」


普通入院生活も随分長くなる弟に対して言う台詞じゃない。
そりゃあ、まぁ看護士さんや入院してる方とかに告白されたりしてるかもしれないけど。
ていうかされてるけど。
なんで知ってるんだろう…


「ないの?」

「ないね」

「えー、つっまんねぇ」

「そう言われても……あ」

「お、何」

「好きな子ならいるんだけど」


ガタン!と姉さんが椅子から立ち上がる。
なんて期待に満ちた目をしてるんだろう。女の子ってこの手の話題本当に好きだな。
ていうか姉さん、口の周り林檎の果汁でべったべただからちゃんと拭け?


「初耳だぞ」

「初めて言ったし…はいティッシュ」

「さんきゅ。えー、誰?あたし知ってる子?どんな子?」

「知らないと思う。小学校の同級生」

「おまっ つまりあたしと暮らし始める前からだと!」

「そうなるな」

「うーわー、なんだよ黙ってたのかよ水くさいなー!」


世の姉弟は普通、好きな人がどうこうと言う会話は進んではしないと思う。
特に弟が姉に恋愛事報告とかしようものなら、ただのシスコンとしか思えない。


「かわいい?」

「うん。…あ、ちょっと姉さんと似てるかも。ツリ目で」

「あたしに似てるならかわいいんだろうな!」

「あは!あれ、笑うところだよな?」

「優一ィ…!」


そうは言ったものの、身内の贔屓目抜きにしても姉さんは可愛い部類だと思っている。
目を疑いたくなるほどの美女というわけじゃないけれど(姉さんの友人にそういう人が本当にいる)、愛嬌があって言葉通り"可愛い"。
ともすれば俺よりも幼さを感じる言動や仕草など、異性からも同性からも愛される雰囲気を持った人だ。


「そういう姉さんこそ、彼氏の一人や二人連れて来いよ」

「あ、あたしはいいんだよ別に!!」

「でも、いないわけじゃないだろ?可愛い弟には紹介してくれないの?」


途端に黙り込み、あからさまに目線が逸れた姉さんは本当に正直な人だと思う。

姉さんが家に来たくらいには、既にその人の影があった気がする。
理由はわからないけれど、姉さんは頑なにそれを隠そうとしていたので俺も無理に聞き出そうとは思わなかった。
ただ、姉さんが席をたった隙になんとなく見てしまった携帯の待ち受け画像と、彼女の過去を思うと、俺と京介を養っていけるだけの財力の出どころになんとなく察しがついてしまって。
言いづらい理由も、きっと半分くらいはわかってる。


「………優一の足が治ったら」

「ん、」

「いや、手術が成功したらにしようかな…」

「………」

「そしたら、連れて来るよ」


照れ臭そうに、でも少しだけ寂しそうにも見える笑顔で姉さんは言った。


「…わかった」


その表情の理由が、きっと俺の知らない半分なんだろう。


「そうだ優一。雷門な、今度の試合からカメラ入るんだって。京介の雄姿がリアルタイムで見れるぞ」

「本当!?」

「ん!」

「じゃあ姉さん仕事中でも京介の試合見れるんだな。実況メールしていい?」

「電話でもいいぜ!」

「ところで姉さん、彼氏さん連れてくるときは京介も同伴だからな」

「うぐっ せっかく話題変えたのに…!」

「甘いよ」

「ていうか優一…お前わかってて言ってない?」

「さぁ何のこと?」


日本代表姿だったそれが、ここ最近あの頃のあの人になっている理由が、俺の知らない、半分なんだろう。









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メモ漁ってたら優一のそんなネタがあったのでねじ込みましたw

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