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帰宅することをこんなに憂鬱に思ったことが今まであっただろうか。
例え本心は反フィフスとはいえ、ねえさんは幹部の人間だ。
まして聖帝の腹心。しかも俺の後見人。
俺が失態なんて晒したら、ねえさんにも責任が及ぶのは必須だ。
だから今までだって、決してねえさんがフィフス内で不利にならないように完璧にこなしてきた。
それなのに、


(………何やってんだ)


感情に振り回されてこのザマだ。
ねえさんに合わせる顔がない。
どこか別の所で一晩過ごすことも出来なくはないが、いつまでも逃げ続けることは出来ない。
腹をくくって、ねえさんのところへ帰るしか道はない。

なんだかんだ言ってあの人は俺に甘すぎるから、きちんと謝れば絶対に許してくれるだろう。
問題はそこじゃない。
"先生"の地位を危うくしてしまった一点だ。
どう詫びたらいいのか見当もつかない。


(いや、)


方法は、わかっては、いるのだけど。




「………ただいま」




重苦しい気分で玄関を開ける。返事はなかった。
いつもより数段ゆっくりな足取りでリビングへと向かう。
がちゃり、と扉を開けると、ノートパソコンに向けられていた視線がゆっくりとこちらを向いて、伊達メガネの薄いレンズ越しに目がかちあった。


「………………先生、」


言い訳をするつもりは元より毛頭無いが、何も考えてないのに自然とそう呟いてしまうと、"先生"は、


「あ、ごめん京介夕飯作るの忘れてた」


と、言っ…ハァ?


「は?」

「ついつい熱中しちゃったなー…わり、今日外食でもいい?」

「別に構わないが…」

「じゃあ一回シャワー浴びて汗流して着替えてこい。その間に今やってるやつ終わらせちゃうから」


カタカタ、とタイピングが再開され、ねえさんは完全にそっちに集中し始めた。
眼鏡をしてるってことはフィフス関連だ。またうちに持ち込んできたのか。
…そんなに慌ただしいのだろうか。
じゃねぇ、流されるとこだった!


「ねえさん!」

「あん?」

「何も言わないのか、今日のこと…!」

「今日?お前なんかやらかしたの?」

「とぼけるなよ、見てただろ、試合」


ねえさんは「んん…」と呟くと、伊達眼鏡を外してさも当たり前のように言った。


「あ、大活躍だったな。よくやった。流石あたしの弟」


それはもう、それが当たり前だというように、それ以外言うことはないというように、さらりと。


「そうじゃねぇ!」

「おい京介」

「………」

「お前は今日の行動に何か反省があるのか」

「……感情に流されて、軽率なことをした」

「後悔は」

「ない」

「ならあたしがお前を叱る理由もない。早くシャワー行っておいで」


そう言われてしまうとこれ以上食い下がるわけにもいかず、俺は大人しくその言葉に従うしかなかった。


…本当甘いなねえさん。

もしかしたら磯崎があのとき何を言って何をしようとしたのか、ねえさんにはわかっているのかもしれない。
フィールドの外には絶対に聞こえないだろうが、ねえさんは磯崎の性格を知っているし、俺の行動を見て予想出来たのかもしれない。
あの言葉が逆鱗に触れるのはきっとねえさんも同じだ。
だから多少フィフス的に問題のある行動でも、何のお咎めもなかった。
…そう思っておくことにしよう。
"先生"は本来なら仕事に関しては容赦ないのだから。
もう余計なことは考えず、どこで外食するかだけ考えておこう。

今は、ねえさんに甘やかされておいてやる。
























「──もしもし?うん、あたし。ど、万能坂にしてよかったろ?…ん、あたしが何かしなくても松風が…ああうん、布石はうっとく。じゃあ帝国戦、優一んとこに一人よろしく。……これから?ふふ、京介とデートなんだ。うん、うん…しねーよ馬鹿!…うん…じゃあまた明日、豪炎寺さん」




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