With Determined Passion

□REVO.17
1ページ/1ページ





火事の中に飛び込んで、阿弥陀丸の力でなんとか無事に生還したその日。
オイラは割とふらふらのボロボロで、とにかく、そう、疲れていた。
憑依による阿弥陀丸の動きに身体がついていかず、だいぶ体力を消耗していて、帰ったらぐだぐだ休もうなんて考えていたのだ。
だから、それはまさに青天の霹靂ってやつだった。

扉を開けて、まず、おかえり、と駆け寄る声がないことに首を傾げた。
見渡せば民宿の中は薄暗く、灯りが点いていない。
そして、日頃ふわふわと人んちを漂っている浮幽霊たちの姿が、一人として、何処にも見当たらなかった。


「………愛?」


返事はなく、どくりと嫌な音を立てて心臓が跳ねる。阿弥陀丸と視線を交わした次の瞬間駆け出し、居間として使っている部屋に転がり込むように急いだ。

乱暴な音を立てて襖が開く。

暗い部屋。

高く細い獣の鳴き声。

縺れる指先で照明を灯す。



「…………!」




なぁ、そのときの気持ちが、わかるか?








*








「ねー……」

「んー?」

「………なんでついてくるの…」


一昨日の一件からこっち、オイラは片時も目を離すまいと愛の後を引っ付いて歩いた。
家に帰ったら真っ暗な部屋の中で青ざめた顔してぶっ倒れてる同居人がいて、理由を聞いても「野暮用で」としか言わないし挙げ句「心配かけてごめんね」だと。流石のオイラも物思わずにはいられない。
わかってはいる。きっと何か、"オイラのためになること"をしたんだろう。それはたぶん、結構無茶なことで、使命感でもなんでもなく、愛自身の望みでやったことなんだろう。そんで、オイラに心配をかけまいとしているのではなくて、愛が何をしたかを知るのは今のオイラにはよくないと、あいつはそう判断したんだろう。わかっては、いる。
もしあの瞬間の、時が凍りつくような、心臓が痛むようなあの感覚を言葉にするなら、きっとあれは「恐れ」だ。
最初からわかっていたはずなのに、オイラは何もわかってはいなかったのだ。
"それ"がどういうことか。


「今日晩飯どうすっか。帰りに買い物行くだろ?」

「話を逸らすな話を!行くけどね!」

「うぇっへっへ」

「な、何よぅ…」

「わかんねぇ?」

「何が?」


わかんねぇんだもんな。
まぁ、そりゃあそうか。しょうがねぇヤツだなぁ。


「そういやさ、ハクリュー」

「ん?」

「人だったんだな」

「んん!?」

「いやほら、一昨日お前がぶっ倒れてたときにさ、オイラも阿弥陀丸もすっげぇ動揺してさ」

「ま、待って……まさか、あのひと…」

「頭真っ白でしばらく固まってたら、近くで浮いてたハクリューが突然光ってなんかきらきらした人になった。いやぁ、びっくりしたぞ。一昨日だけで10分くらい寿命縮まったかもな」


いつもは小さい竜の姿で、指先に擦り寄ってきたり頭の上を旋回したり、オイラが食べている饅頭を欲しがったり、それはそれは可愛いやつなのだが、あの日見せた「本性」というやつは、そんな様子からは想像もつかないような、何か、うん、とにかく凄かったのだ。
人型が本当の姿だということにも勿論驚いたが、シャーマンとして、とにかく圧倒されてしまった。
あれはきっと、オイラが今まで付き合ってきたどんな霊とも違う。
底冷えするような、大いなるもの。
見た目もたいそうきらきらしてて、可愛い女の子の持ち霊がこんなきらきらしたやつでは視覚的ダメージもでけぇな、なんて場違いなことも思った。
「運べ」と簡潔に一言言ったハクリューの本性は、蒼白い顔で倒れている同居人を一瞥すると、「夕飯の支度が出来る状態ではない」と付け足した。
言われるがまま愛を部屋まで負ぶっていくと、そいつはまたいつもの小さな竜の姿に戻って、くるりと飛んだ。


「隠してたわけじゃないんだけど、さ…」

「うん。わかってる」

「あんなんいたら緊張しちゃって生活しづらいじゃんね」

「ふはっ!そうだなぁ。確かに慣れるまで大変そうだ」


うん。
愛はオイラに嘘を言わんし、誤魔化すこともしない。
ただ、きかれなければ言わないことがあるだけだ。
そして、それは確信犯なのだ。
オイラがきかないことを知っていて、自主的に言い出したりはしないのだ。
まったく、ひでぇやつだなぁ。


最初からわかっていたはずなのに、オイラは何もわかってはいなかったのだ。

オイラのために生きるのだと意気込んでいるあいつが、オイラのためを思ってオイラの知らない場所で無理をすること。
オイラが死ぬような目に合っても助けない、と、最初に言った。
それは言葉通りの忠告だけではなくて、自分が死ぬような目に合っても助けさせないという裏もあったのだ。本人は、もしかしたら、そこまで意識してなかったかもしれねぇけど。でも、そういうことだ。
オイラのために、自ら死ぬような目に合いにいくんだろう。それを厭わないんだろう。そしてオイラが助けに入ったりするのをいやがるんだろう。

やっとわかった。

あのきらきらしたひとが言うには、「致命的に見落としているものがある」らしい。
愛は、愛自身がオイラに与えている影響をちっともわかっちゃいねぇのだ。あの日、オイラの部屋に現れたそのときから、ずっと一緒にいるのに。
ずっと一緒にいるのに。
それがどんな意味を持つか全然わかっていなくて、きっと自分がオイラに何かの影響を及ぼしてることも気づいてねぇのだ。
ただそばにいるだけだと思ってんだろうなぁ。
飯作って、一緒に学校行ったり、出迎えてくれたり、宿題を手伝ってくれたり。
その「ただそばにいる」がどんな意味を持ってるか、オイラに何を与えたのか、わかってねぇんだもんな。


なぁ、まるで死んでるみたいな顔して倒れてるお前を見つけたとき、そんなことを悟って不意に泣きそうになったオイラの気持ちが、わかるか?







.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ