over and over again

□少女を見つけたとある人形師の話
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彼女に初めて会ったときのことを思い出すと、未だに世界が静止する。
部活帰りにそのままスタジオへ向かうという黄瀬を迎えに行ってやった日のことだった。

当時、事務所の若手にゴシック&ロリータ方面で戦えるモデルはいないかとスタッフは東奔西走しており、路上でのスカウトも頻繁に行っていたのだが、詐欺まがいの勧誘に慣れきった都会っ子たちの視線はそれはそれは冷たいものであった。
それに、我々ものべつ幕無しに相手を選んでいるわけではないので、スカウトは困難を極めた。
私はその日も都内でスカウト活動をしていて(誰も彼も無難な子ばかりでどうにも声をかけられなかったが)、ちょうど黄瀬の通う中学の近くにおり、それならと迎えをかって出たのだった。

事務室に一言断りを入れて黄瀬がいるという第一体育館を目指す。
やたらと広い敷地には体育館が四つもあるらしく、思わず乾いた笑いが漏れた。
黄瀬の業界での注目度は凄まじく、資質も向上心も申し分ないあいつは多方面から多種多様な仕事を申し込まれたが、本人はそんなものどこ吹く風といった顔で、「部活があるんで」とばっさり切って返した。
普通なら仕事を優先しろと言わねばならないのだが、モデルこそが天職だろうと言われた黄瀬の真価はその部活でこそ発揮されたのだから仕方ない。
二年生になって部活を始めると言い出したかと思えば、二軍三軍とある全国一の強豪校であっという間に一軍入りを果たし、先日はとうとうスタメンにまで抜擢されたという。
文句を溢していたお偉方も、黄瀬に請われて試合を見たら最後、誰一人お小言を言わなくなった。

閑話休題──、かくしてなんとか第一体育館に辿り着いた私は、またも思わず乾いた笑いが漏れてしまった。
溢れんばかりのギャラリーの山、山、山。
男女を問わず、食い入るようにコートに視線を向ける生徒達。
私の周囲は女子が多く、やはりというかなんというか、黄瀬くんかっこいいの声の多いこと塵の如しといった感じであった。


「おっ…と、ごめんね、大丈夫?」

「あ、すみません、こちらこそ。私なら大丈夫です」


やや呆然としていたら、右隣にいた小柄な少女にぶつかってしまい、軽く頭を下げる。
ふ、とこちらを向いたその子は、なんというか血色の悪い子で、思わず体調が悪いのかと尋ねたが、「顔色悪いのがデフォルトでして、」と苦笑を返された。


「うん、それだけ肌が白いと顔色悪いのかと思うね」

「健康体なんですけどね」


肩を竦めてみせた少女はすぐにコートへ向き直る。
なかなかに整った顔をしているが、10点を満点とすると7.8点と言ったところだ。
このレベルなら、探せばいる、という感じ。
以前黄瀬を迎えに来てやったときに見かけたマネージャーの女の子のほうがレベルとしては高いだろう。
いや、彼女も十分可愛いのだけど、顔色の悪さが少しネックになっている。
少しメイクを施せばましになるのだろうけど。

そんなことより、と、少女の観察をやめ視線を変えると、隙間から見えるコート内ではミニゲームが行われているようで、うん、黄瀬はやはりこの瞬間が素晴らしい表情だ。
やはりいずれバスケをする黄瀬を題材に何か企画をやりたい。
残り時間も僅か、というときに、不意に片方のチームが選手交代を申し出た。


(え、黄瀬を下げるのか)


ベンチに戻っていく金髪に、周りの女の子たちは口々に文句を垂れた。
あーあー、と思いつつ、交代した選手をよく見る。
線の細い印象を受ける、女子受けは悪くなさそうな雰囲気の少年だ。
ただ、なんというか、そう、薄い。
輪郭がぼんやりとしているというか、極限まで白に近づけた空色というか、とにかく印象に残らないような。
レギュラーであるなら見たことがあるはずなのだが、まったく記憶にない。
気を抜くと見失ってしまうだろう。


「あーん、黄瀬くん下がっちゃったぁ…」

「黄瀬くんのプレイ見たいのにねー」


聞こえてくる声に、内心高笑いしてしまう。
さすがうちの黄瀬、大人気だ。


──だが、次の瞬間。


私は、そのとてつもない一瞬を目の当たりにしてしまった。

何気なく右隣の少女に視線をやったときだ。
周りが気を落としているなか、彼女は嬉しそうに微笑んで、先程よりわずかに身を乗り出しコートを見ていた。
どうやらこの子は交代した選手がお目当てなようだ、黄瀬に釣られないとは、と思って目を瞬かせ「ほう、」なんて思っていたのだが、


「ていうか黄瀬くんと交代してまで出てくるほどの選手なわけ?」


そんな言葉が耳に届いた次の瞬間だった。
それはちょっと失礼だろうと、私が思うより速く。
ついちょっと前まで柔く笑んでいたあの少女が、す、と、色を消した。


その、あまりの「無」に。


───耐えきれず、息が、止まった。


どんな感情も映していない硝子玉のような瞳。
呼吸を感じさせないような白い肌。
周りの全てが止まってしまったような心地に、私は音さえも見失った。
あまりに無機質な、人形のような顔がくるりとどこかを振り返る。
全く生き物である事実を感じないその様子に怖れを感じながらも、つられて視線を動かす。
先程の失礼な発言の子だろうか。
一人の女子生徒のほうをみて、彼女は微笑んだ。

その表情は、どんな怒りの形相よりも、どんな大きな怒鳴り声よりも、よっぽど相手に恐怖を与えたであろう、人形のようなどこまでも無機質で空恐ろしい微笑みだった。
どくり、と、心臓が鳴る。


(この子しかいない)


頭のなかに、いくつものビジョンが駆け巡る。
蒼白い肌を彩るレース、小さな体躯を包むフリル。
艶やかな黒髪を飾る真っ赤な薔薇。
カメラに向けられる、最上級の無表情。


(この才能を、捕まえなければならない)


ゴシック&ロリータを身に纏うために生まれてきたようなこの少女を、この奇跡を、ここで埋没させるなど、業界人に非ず。


「ねぇ、君、名前は何て言うの?私はこういう者なんだけど、今日は黄瀬の迎えに来ていてね。どうやらとんでもない拾い物をしたようだ。ねぇ君、私にスカウトされてくれないかい────…」




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