あなた

□口ずさむあなたへの怨みも愛しさも
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友人に誘われたカラオケを素直に楽しめなくなっていた。


彼女達が歌う歌がやたらと心に浸みてくるのだ。今までにはこんなセンチメンタルに聴き入ることなんてなかったのに。


頼んだ飲み物に浮かぶ氷をストローで突いて何度も溺れさせながら親友の声に耳を傾ける。綺麗な、綺麗な歌は耳から脳へ、脳から先、精神へ響いて私は次に何を選曲しようかなんてことよりもただじっとそれを受け止めていようと手を止めた。


「ほらほら歌って」


私の気持ちに気付かない友人がマイクを渡してきた。自分で入れた覚えのない曲のイントロに驚いたけれども落ち込み気味だったのを吹っ切るにはいいかと歌い始めてから駄目だ、とまた思う。


(悲しい歌を歌えば泣きたくなる。明るい歌もやけに痛く耳に残る)


敏感になってしまった自分をごまかすように歌い上げると騒いでいた友達が隣に心配そうな顔で座っていた。


暗い照明の下でもはっきりそれが見えて焦る。


(白けさせちゃったのかな)


また氷をいじめようとコップに手をのばすと、もう私には付き合い切れないと氷は全部溶けていて、行き場のなくなった不安定な自分は膝の上に手を落とした。


「疲れてるね」


「そんなことないって」


ああやっぱり心配させてしまっていた。本当に何でもないのに周りの人にまで気を遣わせるなんて、私はまだ大人になりきれていない。


「アンニュイな顔して言っても説得力ないんですけど」


笑う姿にかなわないなあと私も表情を崩すと今まで背負っていても見えなかった荷物が狭い視界の端っこにちらついた気がした。


(お坊さんを好きになってから手に入れたものはたくさんあるけど)


過去の自分、今の自分。全部で触れ合ってきた。きっと未来も彼に出会って変わったと思う。その移り変わる中で唯一同じ姿であってくれたもの。


「何よ。じろじろ見ないでよ」


「ごめん」


「今日、なんか可笑しいね……狐にでも化かされた?」



(狐ではないけれど、と考えた後に『当たらずとも遠からず』という言葉を思い出す)



2009.0906

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