あなた
□芥子のひとひら
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黒鴉に渡されたのは一通の手紙。
何か緊急の知らせかと受け取り、差出人の名を確かめてから彼は全てが停止したように感じた。
驚きに色を抜かれて真っ白になってしまいそうな心をまた同じ名前が引き止める。
「(何故貴女が私に)」
見たことはないが彼女ものに違いない少女らしい筆跡に乱れる想いを無理に理性で整えて開くと、簡素ではあるが礼状がしたためられていた。
鬼太郎を助けたことへの礼、それと一週間の刑で疲れた体を早く癒すようにと労る言葉が順に続く。
「(私は疲れてなどいませんよ)」
(当たり前のことをしただけだと思ってもどこかで彼女を想い動いていた)
職務を逸する覚悟。それは組織への忠誠でも、自身の尊厳の死守でもなくただひたすらに
「猫娘殿に微笑んで頂くためでしたから」
(貴女の笑みに酔わせて下さい。それさえあれば私はどんなに傷ついても笑っていられるのです)
手紙を閉じて生まれた溜め息は冬の最後の冷たさに混じり、空を目指す。厚い雲の向こうはもう春。
「……この心地良い苦痛が疲れならいつまでも味わっていたいものだ」
2009.0906