あなた

□noise
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彼女の透明な心が無理矢理に歪められていくのがわかった。ギターの、美しいはずの旋律がただただ鋭いナイフのように突き立てられた耳を両手で庇う姿は決して見たかった光景ではない。


「帰りたまえ」


(ああ、君の名前はなんであったか)


「死にたくはないだろう」


「死、とは、なんですか」


日本に渡って来てすぐに雇った部下は彼が人外であると知っても驚かずについてきた。


至って平凡な女の見せた意外な余裕を評価して側に置いていたが、いつからか彼女の存在が欝陶しく思えてきたのだ。


「もう一度言う、帰りたまえ」


(名前を、)


知りたいと感じるたびに痛む頭。整然と決まったメロディを繰り返していた心臓が乱れた音を刻むのがこの上なく不快だった。


「私はジョニーさまから離れたくない」


揺れる心を抑えるため、そして彼女を黙らせるために弦を弾いた。


(さようなら)


夜風がバルコニーに出た男を包む。故郷とは違う異郷の夜はとても深くて、人でもないのに恐ろしくて。


(名前を知らないうちに)


「……君は何も優れた所がない。ただの女性だ。だから、行け」


無理にこじつけた生かす理由。それを定めることを急がせる気持ちが彼女を欝陶しく思う理由だった。


(死とは貴方に必要とされないこと。その叫びで始まった別れの歌)


「(愛の命、心の喜び、幸福よ。優しく歌っておくれ)」


内側から壊れてしまった。抱きしめて名を呼び、愛しているのだと懺悔すれば取り戻せたかもしれない光は彼方へ。


(愛しい人よ、さようならと歌っておくれ)


堪えられない、壮絶な静寂が彼を責めた。













混じる雑音が、恋なのだととっくに気付いていた。



2009.0906

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