あなた
□渦中
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不快と感じた理由を説明できなくてかわうそがアマビエから離れる。
ただもやもやとする気持ちを整理するためにそうしたというのに彼女は彼の事情など知らぬと大役に抜擢された喜びに絶えることなく話し掛けてきた。
貴石色の尾はやわやわと風もないのに空間にたゆたっている。かわうそが視線でさすと微かに興奮で色づいた頬をはにかませて少女はそれに触れた。
「あたいもやっと四十七士さあ」
うっとりと。
その表現がぴったりにはにかむ彼女にぴりぴりと心に張られた糸が痛々しい音を吐いた。
「軽く考えんなよなあ。遊びじゃないだぞ」
(きっとおいら変な顔してる)
アマビエは(驚いたのだろう)きょとんとして笑顔をといてしまった。笑っていれば健康的に見えた赤い頬も、こうしてみると涙の後のほてりだとよく分かる。
「(泣いた後が残る目で嬉しそうに笑うのを見れば祝ってやりてえって思うけど)」
やっと分かった。選ばれるということがどういうことなのか。
なんてめんどくさいのだろう。かわうそが深く息を吐いて川に飛び込むと一息後に飛沫は続いた。
(戦うってことだよな。おいらは気づかされちまった)
怪我はしないでくれよなと水中で送った言葉にふと潮の香りが返される。
(はら、と大きな瞳から落ちた気がして)
そんなもの見えるはずがないのに、二人を包むせせらぎの中に零された海の一滴がきらきらと流されて行くのをかわうそは見たような気になって、彼女を振り返らずに泳いだ。
(怠け者じゃ…いられねえ)
2009.0906