あなた

□RE:バレンタイン
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バレンタインだからチョコレートをあげたい気持ちはあるけどと猫娘は店頭に並ぶ可愛い小包を見てキリキリと痛む心を落ち着けた。


赤いリボンで飾ったチョコレートを本当はあげたいのに勇気が出ない。弱虫だなんて認めたくはないけど、やっぱり踏み出せない。


「(きっと鬼太郎は食べてくれるんだろうけど)」


あげたいのは甘いよりしろに込めた気持ち。チョコレートだけ渡してもぎこちなくなってしまうのは目に見えている。


躊躇いながら買ったのは普段買うような飴玉。パステルカラーの粒には何個かハート型のものが混じっていた。


(チョコレートじゃないけど、こっちの方がいいわよね)


意識しすぎないで贈れる。鬼太郎も普通に食べてくれると喜ぶ彼女の想像は広がり、


「(猫娘。ハートが入ってるんだけど、もしかして)」


「(私の気持ちよ)」


「(違うよ猫娘。これは僕からの気持ちさ。あーんして)」


「あーん」


とろんと自分の考えに蕩けた猫娘の腕からすりぬける飴玉の瓶。道路に落ちたガラスは泡のように弾けて繊細な形の飴も無惨に砕けた。


「あ……」


拾い集める指に刺さるガラスに溜め息をついて立ち上がる。


「失敗しちゃった」


(どうせあげれなかったろうし、いいわ。全然悲しくなんかない)


鬼太郎に一番届けたいものはいつも届けられない。バレンタインも例外じゃなかっただけ。
















黒鴉が横丁の門を潜ったのは西洋妖怪への警戒を強くするように住人達に忠告する役目を負っていたからだった。


仕事にめどを付けて辺りを見回すと薄いピンクの服を着た猫娘を見つけて声をかけようとしたものの、第一声が思い付かない。


斜め後ろ、少し離れた場所からの横顔の目元が赤い。化粧とは違う違和感に彼は焦った。


何かしなくてはと何もできないの板挟みで無言のまま黒鴉は後ろ姿についていったが、そんな状態に気付かない程彼女は鈍くない。


「こんばんは黒鴉さん。何か用?」


「猫娘殿…」


彼女に何かあったに違いないと直感しているのにそれ以上言葉が出てこないのが情けなくて握った拳が震えた。


「お仕事ですか」


「えぇ、でももう終わりました。それより」


貴女は何故泣いているのですかと聞きたい黒鴉に猫娘が笑う。


「あーっ、バレンタインのチョコを貰いにきたんですね」


「………ばれんたいん?」


「ごめんなさい。私何にもないんです。こんなのしか」


笑っていた目が悲しそうに伏せられて、ポケットから取り出された飴が彼に渡される。受け取る時に触れた指。黒鴉の表情に切なさが過ぎったが彼女が気付くはずもなく。


「崩れているけど味は確かだから良かったら食べて下さい」


「ありがとうございます」


バレンタインが何かもわからないが猫娘からの贈り物を拒む彼では勿論ない。ないが。












がり、と飴が砕ける音が響く。静かなのでやけに大きく聞こえた。










「…飴、噛む派なんですね」


「つい…。すみません」


ふ、とまた笑いが漏れる。今度は本当に明るい彼が一番好きな笑みだった。


「気持ち分かります。たまに噛んじゃいますよね」


二個目をあげて、またがりっという音が聞こえた時に猫娘は一つだけ無事だったハート以外の飴を黒鴉に渡した。


「(どんなに綺麗な飴も口に入れば見えなくなるんだわ。大切なのはやっぱり気持ちよ)」


大好きな人にあげようとしまったちょっとだけ傷ついた飴。彼女はその変化についていけない彼に礼を行って去る。


「(役に……たてたのだろうか)」


貰った飴の意味も分からないままの帰り道。


黒鴉の口と心中は甘い霞がかかったように麻痺していた。

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