あなた
□小朶
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奇数は陽数であり、偶数を陰数として嫌う思想がある。
彼はそれを空気のように当たり前に受け入れていたのでどうしてと問うことはなかった。
「一」は陽の本源。「二」は陰の本源。陰陽の本源が和をなし、森羅万象は創り出されるのだ。
故に、陽数は三から始まり、九に極まる。
かの国では、陽数のうち、とくに始めと終わりの「三」と「九」にこだわる傾向が強い。
陽数は、神聖なるもの・無限なるもの・偉大なるものを意味するからであった。
ひとつ。
ふたつ、みっつ、よつ、いつつ。
むっつ、ななつ、やつ、
「ここのつ」
数える宋帝王を見ていたのは猫だった。蛇と同じ金色の眼が彼を映している。
「旦那さま」
甘い女の声だった。宋帝王はなんだと応える。猫が横になっていた床から起き上がるとその影がゆらゆらと黒煙のように揺れた。
「満ちましたなあ。重陽ですなあ」
暦での九月は易で陽数の極である「九」が重なることから目出度い日とされた。
「ここには節句に登る山もありませんからね。こんな知識も本当はなくてもいいのですが」
もう随分昔のことだ。宮仕えをしていた時分は季節が来て去る度に何事かを思っていた。
(花が咲いて、それが枯れれば心は憂えたものだ)
観菊の宴。
思い出すのは大臣達の煌びやかな装いと雅やかな楽、そして零れんばかりの花々。
長寿を願うために花と実を髪に飾り、山に登ったのも遠い過去になってしまった。
「旦那さま。姫の寿命がついたらどうなさるおつもりか」
(その夜、悪夢を見た)
少女が屍を越えて重陽を祝う夢だった。出会った頃のままの青白い顔、艶々としているのは髪の色ばかりで、そこには柘榴が差してある。白い唇は私が好きだと呟いた。
寝覚めに見ゆるは菊開の月
ぜえ、と荒く息を吐いて盃を取る。丸い月のようなそこに酒を注ぐとはらりと菊の花弁が散らされた。
猫の口に咥えられていた花から落ちたものだった。天井からぶら下がるようにしている猫が金の目をむいて牙を見せる。
「旦那さま。柘榴がお好みでしたらとって参りますぞ」
放られた菊が床に倒れ、芳香をまき散らす。
ひとつ。
ふたつ、みっつ、よつ、いつつ。
むっつ、ななつ、やつ、
「ここのつ」
(あと何度数えればお前は森羅万象へ還るのか。あと何度数えれば私は全てから解き放たれるのか)
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