あなた
□小朶
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修学旅行の夜の事だった。部屋で寝ていた私は揺り起こされていきなり好きな人を尋ねられた。
寝苦しい夜にいつまで経っても終わらない誰がかっこいいとか最悪とかの話が続いている。私にもそれなりに好きな人はいたけれど話す気にはなれなかった。
少しだけほっとしたのは私の好きな人は皆の眼中にはなかったということ。
(あの人目立たないもん)
なんで好きになったのか。それは本当に些細なことがきっかけだった。
(そのリボンかわいい。たんぽぽいろだね)
私の三度めの恋はそうして始まった。二番目はお父さんだったと思う。
「じゃあ初恋はいつだった?」
順番が回ってくるまであとちょっと。寝たふりをして布団を被った。
あんたそれは狡いよと友達がまた揺する。初恋と聞いて、私は真っ白な綿毛みたいだった祖母の髪の毛と皺だらけの手の感触を幼い記憶の中で反芻した。
真っ青な空とその青を裂く鮮烈な花の色を今も忘れていない。
(さよならの花)
たんぽぽの花言葉を知ったのはおばあちゃんが亡くなった朝だった。
たくさんの愛情をくれた祖母のふわふわとした白髪を思わせる綿毛が風に舞って、私はそれはもうとにかく泣いた。
お母さんが黒いリボンにしようねと言い聞かせたらしいが黄色が良いと押し切ったのはおばあちゃんが教えてくれた色だから、だと思う。
小さかった私の礼装には黄色は欠かせなかった。最大の敬意と愛情はそこにあった。とても深い確信があったような気がするがもう言葉に出来ないくらいぼんやりとしてしまっている。
(別離)
綿毛は風に吹かれて、
(おばあちゃんは天国に行ったんだよ)
お父さんもお母さんも私をそう慰めたけれど私は自分の足元を見つめて、おばあちゃん、と呼びかけた。
おばあちゃん子だった私が寂しくて俯いて泣いているのだと両親も泣く。
「(おばあちゃん)」
もう涙は乾いていた。にこりと土に笑って、
「(いいなあ)」
私の初恋はたんぽぽでした。春の青い空を裂く鮮烈な花でした。
黄金は実を含みて
(今でも私はお父さんが話してくれた黄金の光の話をどきどきしながら思い出します。私が黄色のリボンを次に付ける時、何と別れることになるのだろう)
出来ることなら家族と私が好きなあの人でなければいいなあと考えていると布団を取られた。
(そんな初夏の夜の思いもいつか忘れて消えていく)
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