X・sub story

□俺とアイツの夏祭り
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サトシはシゲルの後を追いかけ、ちょっと困ったように言った。
「なんかシゲル、優しいな」
「――せっかくのお祭りだろ。ケンカしてもつまらないしな」
 シゲルは少しの沈黙の後、そう応え、サトシに目をやった。
 すっきりした首を少しうなだれるようにして、歩いているサトシ。
(着てるものが違うだけで、こんなふうに素直になれるのか……)
 普段のサトシならこんな事を口にしたりはしないし、それは自分も同じだった。
「シゲル、大人だなあ……かっこいいよ」
「バカ」
「何だよ、せっかく誉めてやってるのに!」
 むっと頬をふくらませかけたサトシはカップルにぶつかってよろけそうになった。
「前を見ろって言ったろ」
 シゲルが立ち止まって――それから、サトシの手を掴んだ。
「ピカチュウみたいにはぐれるなよ」
「うん……」
 サトシは急に早く脈打ち始めた自分の胸に驚きながら、うなずいた。祭りのお囃子も、祭り客の話し声や歓声も、なぜか小さく聞こえ始める。
(う、なんか変だよ)
 手を引いて歩いてくれるシゲルの背中を見つめて、サトシはまた下を向いた。
 シゲルの手はサトシよりいくぶん大きかった。サトシと同じくらい暖かくもある。
「シ、シゲル」
 自分でも解らないうちに、サトシの手を引っ張って歩くシゲルを呼んでいたらしい。
「なんだ」
 振り向かずにシゲルは聞いた。提灯の明かりに照らされて、シゲルの耳たぶが真っ赤になっているのがサトシの目に入る。
「なんでもない」
 それを見て、シゲル以上に真っ赤になったサトシはもごもごとごまかした。
「……そうか」
 安心したようながっかりしたようなそんな声を出すとシゲルはまた歩きだした。

 結局、ピカチュウは綿菓子の夜店の前で見つかった。プリンそっくりに作られていく綿菓子に見惚れて、サトシたちとはぐれたらしい。
「良かったな」
 シゲルはそう言って、そっとサトシの手を離した。
「うん」
「おじさん、綿菓子二つ」
 シゲルはついでに綿菓子を注文して、一つサトシに渡した。
「……そろそろ帰るか」
「うん」
 なぜかシゲルの顔を見るのが恥ずかしくてサトシはうつむいたままうなずいた。

 今度の道もまたシゲルが先に歩いていた。違うのは手をつながず、綿菓子を片手に持っていることだった。
 川沿いの土手を家に向かって歩いていく。そろそろ、サトシたちと同じように家に帰る祭り客の姿も目立ち始めていた。
 綿菓子の甘くもわっとした触感をピカチュウ共々楽しみながらも、サトシはシゲルの後ろ姿を見つめずにはいられなかった。
 シゲルの下駄の音が耳に届く。――と、それが止んだ。
 何気なく振り向いたシゲルは、サトシを見て、ぷっと吹き出した。
「袖で拭くなよ」
「え?」
 笑顔にほっとし、それからサトシは首をひねった。シゲルは口を指して、
「口の周りがべとべとだ」
「あ……」
 サトシは慌てて拭おうとしたが、シゲルの言葉を思い出して、手を止めた。
「もっときれいに食べろよ」
 シゲルがちょっとあきれたようなしかし優しい声で言った。
「うん……」
「本当に子供なんだからな……」
 シゲルが近づいてくる。その目が今まで見たことがないくらいに優しく細められているのに気づき、サトシは思わず目を閉じた。
「気をつけろよ……」
 シゲルの指先がサトシの口元に触れた。サトシの胸がこれ以上ないくらいに高鳴り始める。
「サトシ……」
 甘い、綿菓子の匂いとともにシゲルがサトシの名をつぶやいた。
 ピカチュウが不思議そうに二人を見上げる。
「あ……」
 どちらがもらした吐息だったのか。その吐息がなかったら二人の唇は重なっていただろう。そのわずかな間に、大きな音と光が響いた。
「おっ! 上がったぞ」
「きれいねえ」
 感嘆の声が上がる。川の向こう岸へとかかった橋の近くで花火が上がり始めたのだった。次々と上がり、夜空に開いていく花火の光に照らし出され、サトシとシゲルのほの赤く、呆気にとられたような表情が互いの瞳の中に写った。
 次の瞬間、距離を置いた二人は、何発かの花火の後、また顔を上げる。
「……」
「……」
 何を言えばいいのか、迷った挙げ句、サトシは手を差し出した。
「――花火が終わったら帰ろうぜ」
「ああ」
 しっかりと手を握って、シゲルはうなずいた。
 地面に響くようにして花火は上がり続ける。
「きれいだな」
「ああ」
「――あのさ」
 花火の打ち上げられる合間にサトシは言った。
「ありがとうな」
「何が」
「ピカチュウ、探してくれて」
「それくらい……」
 シゲルは言いかけ、横を向いた。サトシは花火でなく、シゲルを見つめている。サトシのまっすぐな視線に惹かれ、 シゲルはささやいた。
「なあ、サトシ。花火が終わる前にさ――」
 花火の音にかき消された言葉だったが、サトシには確かに届いていた。
「うん……」
 サトシがうなずいた。目を閉じる。
 シゲルがわずかに震えるサトシの肩を押さえて、静かに唇を重ねたとき、トリを飾る最後の大花火が空に散った。
 ――夏祭りは終わったのだ。
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