W・main story

□お前の為に。
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「お前は馬鹿だ、獄寺」
 
 俺に諦めさせたいなら、逆の事を言うべきなのに。
 
「お、れは、お前が……大切、だからっ……だから!」
 
 ―――ああ、また、俺の心を鷲掴みにする呪文をその唇から吐いた。
 なんでわからないのかな。馬鹿だな。
 
 眉根を寄せて、苦しそうに獄寺は歯を食い縛った。ともすれば泣き出す寸前にも見えるその顔が、俺はもう愛しくて仕方が無い。
 頭がおかしくなってしまいそうな程に、獄寺が好きだ。
 愛してる。愛してる。愛してる。
 こんないがみ合っている瞬間にさえ思い知る。お前の事をもう手放せない程に、想っていると。
 こんなに俺はお前に大切に思われてるとも、思い知る。
 
 
『お前が人殺しになっても離れたくない。俺の側にいろ』
『俺の為に夢なんか捨ててくれ』
『お前が泥に塗れても、俺の為に生きてくれ』
 
 
 こうお前が唱え続けたなら、俺はお前とは違う未来を、平凡な幸せをいつか選んだと思うのに。
 
 
 ―――泣きそうに噛み締められる獄寺の唇に、噛み付いた。
 容赦なく歯をたてたから、唇が切れたらしい。僅かに俺の舌に鉄の味が広がった。
 舌で血を引き伸ばすように唇を弄んだら、紅を引いたような唇になった。
 
 獄寺は肌が白いから、唇の赤がやけに鮮やかに引き立つ。
 
 ―――血の赤は、本物の、紅だ。ひたすら鮮明に、濃く印象を残す紅。
 花の赤でもない。どんな染料も夕日が染める空も、この紅さ程には優らない。
 
 ………いつかこの紅を俺はこの身に被るのだろう。
 
 獄寺が、俺の決心を引き出してしまった。
 
 君が俺を思いやるから。君が俺の幸せを願って止まないと知っているから。
 こんな優しい愛され方を知ったら、手放すなんて無理だ。
 
 
 ………獄寺を、きつく抱き締める。

 
「……なぁ、つらそうな顔、しないでよ。俺は、獄寺といたいだけなのに」
「お前には……後ろめたい思い、させたくねえよっ。何で解ってくんないんだよ、山本……」

獄寺はぽろぽろと静かに涙を流し続けてた。
 断罪されるべきは、君の心を素直に受けとめずに虜になった俺だと思うのに。
 
 なんで。
 
 なんでお前がそんなに悲しい?
 
 
 
 まだ見ぬ未来を盾にして、優しさの壁で俺を拒絶するなよ。
 

 お前のその優しさが、俺はとても愛しく感じ、そして悲しいのだから。
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