X・sub story

□嫉妬・仲直り
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「と、言う訳なんですよ、太一先輩!」
 コーラの入ったコップを乱暴にテーブルに戻して、大輔はなおも続けた。
「だいたい、何様のつもりなんですか、あいつ! 俺、本当に、頭に来て……」
 殴りたいのはこっちの方だと思った――と、言おうとした大輔だったが、太一がうつむいていたので、はっと口を押さえる。
(やばい、あいつあれでも、太一先輩の友だちなんだよな……)
 だが、太一は怒ったのでも、また後輩が友人を嫌っているので悲しんでいる訳でもなかった。
「……」
 太一の肩が震える。
「先輩、あの……」
 帰ってきたのは、大きな笑い声だった。意外な反応に大輔はきょとんと太一を見つめた。
「くくく、はははは……」
 テーブルを叩き、体を折り曲げて大笑いする太一。衝撃でフライドポテトがこぼれたが、そんなこと気にせず、笑い続けている。
 ハンバーガーショップの客たちが、不思議そうに太一を見つめだしたころ、ようやく太一は、なんとか笑いを収めることができた。
「あー、笑った、笑った」
 まだ腹を押さえ、片手で涙を拭った太一は一息つこうと、オレンジジュースを一口飲んだ。
「先輩……」
「ああ、ごめん」
 太一はぷっとまた吹き出しかけたが、大輔の表情に訳知り顔を浮かべる。
「あのな、それウソだ」
「へ?」
「あのヤマトが弟を殴るなんてできるかよ」
 太一はまたこみ上げてきた笑いを必死でかみ殺した。
「なに言ってんだろうな、あいつ?」
 まだ目を丸くしている大輔に太一は、ヤマトがどれだけ弟のことを大切にしているかたっぷり説明してやった。
「だから、あいつが弟を殴るなんて、絶対にないぜ」
「そ、そうだったんですか……」
 クラブ帰りの太一に出会ったのを幸いと、ともにハンバーガーショップに寄って、とにかく気の合わないあのヤマトの話をしていたのだが……。
「お前ら、なんでそんなに仲が悪そうなのかな?」
 太一はふと真面目な顔になって言った。
(それは――)
 大輔は心の中でそっと語る。
(あいつが、太一先輩を友情以上の目で見ているからです……)
 そう、ライバルなのだ。八神兄妹をはさんで、ヤマト、タケル兄弟とはライバルなのだ。
 ぐっと拳を固めてから、大輔は太一の手をしっかり握った。
「でも、太一先輩の紋章を受け継いだのは俺です! このゴーグルも!」
「え、ああ、そうだな……」
 なんだかよく分からなかったが、大輔の迫力に押されて太一はうなずいた。
(何なんだろ?)
 心の中で首をかしげたが、気にはしなかった。
 ヤマトの話はとりあえず、棚上げにしておき、今度はサッカーの話になる。クラブのことからプロサッカーの話まで、話題はつきることはない。
 たっぷり話し込み、気がつけば夕飯の時間も近い。
「そろそろ帰るか」
 太一はそう言ってトレーを手にした。大輔は残念そうな表情だが、確かに外はもう暗くなっている。渋々立ち上がって、ゴミを片づけ、店を出る。
 もうしばらくは一緒に歩けるかと思ったが、太一は足を止めた。
「先輩?」
「悪い、大輔。先に帰っててくれ」
 太一は手を挙げると、向こう側の歩道へ車の間をぬって歩いていってしまった。
 大輔はがっかりしたが、太一の姿は向こう側の人混みに紛れ込んでいる。ひとつため息をついて大輔は家へ帰っていった。

「よっ!」
 急に声をかけられ、ヤマトはぎょっと身を震わせた。
「太一!」
「今頃、何してるんだ?」
 太一の問いにヤマトは妙に怒ったような顔になった。
「別にいいだろ」
 太一はその素っ気ない返事に面食らって、
「そりゃ、そう言われたらそうだけどさあ……」
 ヤマトは迷ったが、うつむいたまま小声で言った。
「ずいぶん、楽しそうだったな」
「何だって?」
 ちょうど通りがかった女子高生の声と、クラクションでヤマトの声がかき消されたので、太一は聞き返した。
「もう一回言ってくれ、ヤマト」
「――ずいぶん、楽しそうだったな、って言ったんだよ!」
やけになったのかヤマトは大声で叫んだ。
「楽しそう?」
「そうだよ。大輔とずーっと喋っていただろう?」
「そうだけど――見てたのか?」
 ヤマトの顔がさっと赤くなる。
「別に、通りがかっただけだ」
「通りがかっただけで、どうして俺が大輔と話し込んでるなんて分かるんだよ?」
「分かるんだよ! なんだよ、嬉しそうな顔しやがって。俺と話してるより、大輔と話してる方が楽しそうに見えるぜ」
「ヤ、ヤマト?」
 ヤマトが怒りだしたので、太一はとまどった。怒っている理由はなんとなく察しがつくが、本当にそうなのだろうか? 
 これは、つまり――。
「あのさ、ひょっとして妬いてる?」
 ヤマトがひどく不機嫌そうな顔になった。
「妬いてない」
 きっぱり否定されたので、太一はちょっとがっかりした。
「違うのか……」
「なんだよ?」
 ヤマトはむっつりと太一をにらんだ。
「別に……でも、俺と大輔が話してるだけなのに、どうしてヤマトがそんなに怒ってるんだよ?」
「怒って――」
「怒ってるだろ」
 機嫌のよいとは言えないヤマトに太一は言い返し、こちらもむっとしたように続けた。
「お前、大輔に突っかかりすぎなんだよ。もう少し、大人になれよ」
「――お前こそ、自覚がなさすぎだ」
「自覚? 何のだよ」
「大輔のことだよ」
「?」
「あいつは、俺がお前を見てるような目でお前のこと見てるんだよ」
「はあ?」
「あいつもお前のことが好きなんだよ!」
「……ヤマト、なに言ってるんだよ。そんなことあるわけないだろ」
「あるからこうして俺が、今言ってるんだろうが!」
 太一はそれでも不思議そうに聞いた。
「でも、仮に大輔が俺のこと好きだとしたら、俺が大輔と話しているのを見て、お前が怒るのは、やきもちって言わないか?」
「怒ってない」
 ヤマトは強情に言って、ぷいっと太一に背を向けた。
「もう知るかよ」
 すねたような背中が遠ざかっていくのを太一は、やや混乱した風に見送った。

(あいつが怒ってるのは確かなんだけどなあ)
 帰宅して、夕飯の間も太一はヤマトの態度についてずっと考えていた。
(それってやきもちじゃないのか? でもあいつ違うっていうしなあ)
 上の空で夕食を済ませ、風呂に入る。風呂から上がって、ベッドの上に寝ころんでヤマトのことを考える。
 とにかくヤマトのことしか考えられなかった。
 最後のふてくされたような顔と、そのまま遠ざかる後ろ姿を思い出して、胸が痛んだ。
(どうしたらいいかなあ……)
 これはケンカになるのだろうか? うだうだと太一は考えていた。
「お兄ちゃん、入ってもいい?」
 控えめなノックと同時にヒカリの声が聞こえた。
「ああ」
 ドアが開いて、同じく風呂上がりのヒカリが部屋に入ってきた。
 「どうかしたのか?」
 ヒカリが椅子を引いて、腰掛けるのを待って太一は声をかけた。
「それはあたしが聞くことだよ、お兄ちゃん」
「?」
「今日はなんか変だったよ。ご飯のときも全然話さなかったし、さっきお母さんが、呼んでたのも気がつかなかったでしょう」
「ううん……」
 太一は起きあがって、ごまかすような笑みを浮かべた。
「それは、やっぱり、ほら」
「何かあったの?」
 これくらいでごまかされるヒカリではない。
「いや――あのさ、ヒカリ」
 太一は否定しようとしたが、逆に真剣な顔になった。
「恋人同士がここにいるとするだろ?」
「?」
 ヒカリはまばたきをしたが、黙って太一の話を聞いている。
「それで、その恋人の片っぽが他の男と話していた」
「うん」
「それを見たもう片っぽが怒った――これってやきもちだよな?」
「そうに決まってるじゃない。どう見てもやきもち以外じゃないよ。恋人同士なんでしょう」
「だよな!」
 太一はぱっと笑顔を浮かべた。
「よし!」
 立ち上がって、太一は部屋を出ていこうとする。
「どこ行くの?」
「ちょっと、な」
 ドアが閉まる。ヒカリと同じことを聞いた母の声が聞こえたが、それに対する兄の声は聞こえなかった。
 ヒカリはしばらく太一の椅子に腰掛けていたが、やがて立ち上がった。
「お兄ちゃんのバカ……。どうせ行くところなんて決まってるくせに」
 唇をとがらせて、そうつぶやくとヒカリは太一の部屋から出ていった。

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