X・sub story

□二人だけの買い物
1ページ/1ページ

時間ができた途端に、ヤマトのことを考えるのはお互いに恋人同士なのだからおかしくない。
 そして会いたいと思うのも、別に変なことではない。
 それでも駆け足になりかける自分が照れくさく、太一はわざとゆっくり歩いてヤマトの家まで向かった。
 セミの鳴き声がいたるところでこだまして、空が高い。
 ヤマトの家まで来て、一息ついてから、エレベーターのボタンを押す。エレベーターが止まっているのはヤマトの家の階だ。
 そんなことにどきどきしながら、エレベーターを待つ。電話もかけないでいきなり来たから、ひょっとしたら留守かもしれない。
 そんな当たり前のことに気づかないほど、すぐに家を出てきた自分がちょっと恥ずかしかった。
 汗を拭って、表示板を見てみる。順調に降りてきていたエレベーターが二階で止まった。
 誰か乗ったのだろう。太一は何歩か後ずさって、降りてくる利用者のために場所を空けた。
 ほどなくチンと甲高い音がして、エレベーターの扉が開く。大柄な男性が汗を拭きながら降りてきた。
 男性が降りて、次に乗り込もうとしたとき、エレベーターの奥に目をやって太一は驚きの声を上げた。
「ヤマト!」
「太一?」
 男性に続いて降りてこようとしたのはヤマトだった。
「どうしたんだ?」
「何でだ?」
 同時に言って、顔を見合わせる。エレベーターのドアが閉まりかけ、ヤマトがあわててボタンを押すとエレベーターから出てきた。
 太一に近づいてほほえむ。
「どうしたんだ?」
「いや、暇だったからさ……」
 会いに来たんだとは素直に言い出せなくて、太一はうつむいた。
「ああ、そうか」
 太一がぼかした言葉を察してヤマトが嬉しそうにまた笑顔を見せた。
「暇だったんだから、来たんだぜ」
 太一は乱暴な口調で同じことを繰り返した。
「わかったって」
 ヤマトがおかしそうにうなずく。  見通されてると思って、太一は目をそらしかけ、またヤマトを見つめ直した。
「ヤマトはどっか行くのか?」
「ちょっと買い物にな」
 ヤマトはシャツの胸ポケットからメモを取りだした。
「買い物? 何買うんだ?」
 ヤマトの服装はラフなものだ。太一とそこまで変わるわけではない。
「今日の夕飯の材料と来週分の買いに行くんだよ」
 いつもはちょこちょこ買い出しに行くのだが、バンド練習などの予定で帰りが遅くなるので、今日はまとめ買いをしにいくそうだ。
「それに家にいても暑いしな」
 ヤマトは言って、それから太一の顔をひょいと覗き込んだ。
「お前も来るか?」
 太一はぷいっと横を向いて、しょうがないと言うようにうなずいた。
「手伝ってやってもいいぜ――」
「暇だから、だろ?」
 ヤマトは太一の言葉を先に口にして、肘でこづいた。
「アイスくらいはおごってやるから、付き合えよ」
 返事の代わりに太一はヤマトをこづき返し、先に立って歩き出した。
 頬が熱くなっているのがわかる。見透かされているようでどうにも恥ずかしかった。

「おい、待てって」
 スーパーに入るなり、さっさと陳列棚の方に行きかける太一を呼び止めて、ヤマトはカートを取って、かごを二つ、カートの上下に置いた。
「そんなの使うのか?」
「一週間分買うって言っただろ」
 カートを押すヤマトの横に並んで、太一は気恥ずかしそうに首をすくめた。
「なあ、恥ずかしくないか?」
「俺はもう慣れた」
 周りは家族連れか、主婦らしい女性ばかりだ。
 中学生の男子同士という組み合わせはいない。複雑そうな顔をする太一に微笑しつつ、ヤマトは野菜を選び始める。
「な、これ安いぜ」
 ジャガイモを持ち上げて太一がヤマトを手招きする。
 値段を見て首を振ったヤマトは別の台に置かれていた、おつとめ価格というシールが貼られたジャガイモを持ち上げる。
「これでいい」
「お前、それ古いだろ。こっちのが新しいのに」
 太一は不満そうにつぶやく。
「週のはじめに使うから、これで充分だ」
 太一はへえとうなずいて、手にしていたジャガイモを戻した。
「何作るんだ。カレーとか?」
「肉じゃが」
「……まめなやつ。面倒くさくないか」
「作った方が安上がりなんだよ」
 ヤマトはネットに入ったタマネギと、自分で袋詰めするタマネギとを見比べて、ネットの方を手に取った。
「こっちのが安いのに、なんでだ?」
隣りの棚の一個二十円の袋詰め用タマネギを見て、太一が聞いた。
「でも小さいだろ」
 さっさと野菜を選んでいくヤマトだったが、太一が横からこっちがいいだの、あれが安いだの言ってくるので、苦笑しながら説明してやる。
 安くても品がよくなかったり、日持ちがしない物もある。父と自分二人だけなので、量も考えて買わなければいけない。
 腐らせたら安くてももったいないだろうと言うと、太一は感心したように大きくうなずいた。
「じゃあこれ、いるだろ」
 肉じゃが用に――太一が手に取ったのは、二本入りで五十円の人参だった。
 ヤマトは笑って、太一から人参を受け取った。


 精肉売場を回って、牛肉の細切れや朝食用のハムを買う。
 ヤマトが豚のバラ肉を横のもも肉と見比べていると、太一が懐かしいなあと、魚肉ソーセージを手に取った。
 派手な色彩でアニメのキャラクターの絵柄が大きく箱に描かれている。
「昔、よくこれ食ってた。中のカードがほしくて、ヒカリと一つずつ買ってもらってたな」
「へえ」
 ヤマトは太一の手からその箱を取り上げてかごの中に入れた。
「ヤマト?」
「家で食えよ。……寄ってくだろ?」
 太一は嬉しそうな気恥ずかしそうな微妙な顔で小さくうなずいた。
「お前の分も夕飯作るからな」
 じつは最初からそのつもりで材料を選んでいたのだが、はっきり口にすると妙に照れくさい。
 太一が驚いたように目を見開いて、ヤマトの後を追いながら、不思議そうに聞いた。
「なあ、それって泊まっていけ、ってことか?」
 乳製品の棚の前で、取った牛乳を危うく落としかけ、ヤマトは赤くなった。
「そ、そうも聞こえるな」
「でも、明日部活あるし……」
 ダメだよなあと、太一は残念そうにため息を付いた。
 太一の言葉にどぎまぎしたヤマトは、牛乳の日付も見ないで、適当なものを選んでしまった。
 ――四割引のシールが貼られたその牛乳が四日後、石田家の冷蔵庫で腐り、それを呑んだ父が牛乳を吹き出すのはまた別の話である。


 鮮魚コーナーの前を通りがかって、太一はヤマトの服を引っ張った。
「な、俺、刺身食いたい。サーモンの刺身でいいから」
「高い」
 安いとは少し言いづらい値段を見て、ヤマトは眉を寄せた。
「いいだろ、客にはご馳走出せよ」
 しょっちゅう入り浸って、夕食どころか朝食も食べていく太一である。客というには無理があった。
「自分で買うなら買っていい」
「それじゃ、意味がないって」
「月末で苦しいんだ。刺身なんか買えない」
 不満そうな太一にヤマトはさきほどの魚肉ソーセージを指した。
「これ、買ってやったし、我慢しろ」
「ちぇっ、なんだよ」
「あとで、一個だけでいいならお菓子も買っていいぞ」
 太一はヤマトを横目でにらんだ。
「……お前、俺のことガキ扱いしてるだろ」
「別に」
 ヤマトは吹き出すのをこらえて、真面目な顔で首を振った。
 文句を言いつつも、後で太一はちゃっかり煎餅をかごに入れていたのだから、ヤマトの言葉も当たっていると言えなくもない。
  レジで会計を済ませて、ヤマトがお釣りをもらっている間に太一は袋に商品を詰めていた。
「あ、お前!」
 レシートを財布に仕舞って、ヤマトが情けなさそうな顔をした。
「変な入れ方するなって」
「なんでだよ」
 重さを考えて詰めていたのに、文句をつけられて太一がむっとして言い返す。
「これでいいと俺は思う」
「冷たい物は冷たい物同士、柔らかいのは上に置く。卵なんか割れるだろ?」
 ヤマトはてきぱきと手慣れた様子で袋に商品を詰め直し、最後に卵だけ別の袋に入れると、どうだと言うように太一を振り返った。
「参った」
 太一は笑って、袋を持ち上げる。
 その隣で商品を詰めていた男性が、ちょっと鋭い声で後ろの女性に声をかけた。
「俺が持つって」
 女性の腹部が優しく膨らんでいるのが、その理由らしい。はにかんでうなずく女性を見て、太一はふとつぶやいた。
「ヤマトと結婚したやつ、楽だろうな」
「じゃあお前、一生楽できるな」
 太一の分の袋を横からつかむと、ヤマトは歩き出した。  太一は、一瞬目を丸くし、あわててヤマトを追いかけた。
「ヤマト、お前さ、今……」
「あ!」
 出口の近くにあるケーキ屋の前でヤマトはポケットを探り、顔をしかめた。
「アイス一本分しか金がない」
 追いついた太一はヤマトから自分の分の袋を取り上げ、つまらなそうな声を出した。
「――なんだよ、それ」
「お前が煎餅買うからだろ」
 ヤマトはアイスを入れたクーラーボックスのガラスの蓋を開けた。
「なんだよ、おごりとか言ったくせに……」
 ヤマトはむっとした太一の方を振り返って、顎をしゃくった。
「ほら、太一、どれにするんだよ」
「え?」
「早く選べよ、中のアイスが溶ける」 「俺が選んでいいのか?」
「おごるって言っただろ」
 ――太一は嬉しさが顔に出ないように気を配りつつ、アイスを選び出した。

「でもさあ、お前も食べたいだろ」
 マンゴ味のアイスキャンディーをかじりつつ、太一は横を歩くヤマトに聞いた。
 ヤマトはうなずいて、太一に顔を寄せた。
「俺はこれでいい」
「おいっ」
 まさか、こんなとこで……とヤマトを制しかけて、太一は黙った。
「なんだよ、食ったらいけなかったのか?」
 横から太一のアイスキャンディーを囓ったヤマトは、眉を寄せた。
「けっこう量があるから、ちょっとくらいいいだろ」
 太一はむっとしたように横を向いた。頬が赤い。
 ヤマトは太一を見つめて、それからあることに思い当たって、微笑した。
「なあ、太一」
「なんだよ」
 太一はヤマトから目をそらして、アイスキャンディーを舐めている。
「お前、いま俺がキスすると思っただろ」
「べ、別に、そんなこと思ってねえよ!」
 ムキになって言い返し、太一はアイスキャンディーを落としかけた。
「気をつけろよ」
 アイスキャンディーをなんとかつまんで、泥だらけにするのを遮ったヤマトはあたりを見回した。
 ちょうどよく公園の前を通りがかっている。まだぶつぶつ言っている太一を引っ張って公園に入った。
 手近な木立の陰に入り込んで、ヤマトは袋をそっと地面に置くと太一の肩に手を置いた。そのまま太一を見つめる。意味を察して太一はあわてたように首を振った。
「おい、ヤマト」
「ん?」
 ヤマトは太一の様子に目を細めている。
「何するつもりだよ」
「何って、さっきお前が考えてたことだよ」
 唇が近づく。太一はうつむいてつぶやいた。
「アイス、溶けるって……」
「もう、ほとんど残ってない」
 アイスキャンディーの棒から滴と残りのアイスが落ちた。
 それが地面に染み込んでしまうまで唇を重ねて、ヤマトは太一の唇に残ったアイスキャンディーの甘さを楽しんだ。
「……なんかこれエッチな味するな」
 セミが木の上に止まって鳴き出したのをきっかけに唇を離して、ヤマトは囁いた。
 太一は何も言わず、目を潤ませて唇を拭った。
 アイスキャンディーを舐めていたせいで少しべたべたしているのが、妙にいやらしくて恥ずかしかったのだ。
 ヤマトの唇も濡れていて、たぶん自分のようにべたべたしているかもしれない。  いや、事実べたべたしていた。全部自分の唇のせいだと思うと、太一はたまらなくなった。
「太一?」
 太一は荷物を持ち上げた。
「ヤマトと付き合うやつは場所も気にしないでキスされるんだな」
「……悪い」
 歩き出した太一は頭の後ろに手を回した。手からぶら下がった袋が揺れる。
 追いかけようと自分も袋を持ち上げたヤマトの耳に、太一のため息と言葉が届いた。
「あーあ、俺一生こんな恥ずかしい思いするんだろうな」
 ヤマトが振り返った。
「太一、今……」
「ほら、早くしないと肉が腐るぞ」
 ごまかすように太一はつぶやいて走り出した。  あわてて太一を追いかけ走り出したヤマトの後ろで、セミが鳴きやみ、飛んでいった。
 太一に追いついたヤマトが、太一を引き寄せる。
 ヤマトの問うような目と、太一のおかしそうな目が出会った。
「何だよ。お前だってさっき似たようなこと言っただろ」
「……聞こえてたのか」
「お前の声、よく通るんだよ」
 ――どちらが先に近づけたのか、唇がぶつかるように重なった。甘さが一瞬だけ感じられるだけの短いキスだった。
 唇を離して、お互いの目を見つめあい、それから二人で小さく笑った。
「そういうことなんだろ、ヤマト?」
「そういう意味だ、太一」
 指先が自然に絡まって、ヤマトはもう一度太一にキスすると、太一もお返しのように唇を重ねてきた。
「指輪くらいよこせよ、ヤマト」
「……お前もくれるならな」
 太陽が照りつける中、今度は目だけでほほえみあって、絡んだ指先はそのままに、二人は歩きだした。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ