W・main story

□お前の為に。
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「………お前つくづく馬鹿だよな、獄寺……」
「なんだと!?てめえに言われる筋合いはねーよ、野球バカ!」
 
 俺の言葉で獄寺がいきり立つ。 俺を殴ろうと繰り出された拳を、軽くひょいっと首を背けて除けた。
 仕草で拳を除けられた事に余計に激昂して、獄寺が逆の方の手でまた殴りかかって来たけれど、今度はその手首を掴んで受け止めてしまう。
 怒りが覚めない獄寺は、俺の腕を振り切ろうともがく。俺の肩を押し返して、俺の腕から逃れようとするけれど……逆に両手を俺に絡め取られて。
 足で蹴り上げようとしたりもして、なんとか俺に一撃を入れようとするけれど、それを一切許さずに抱き寄せて、俺は獄寺を床に引き倒した。
 勢いよく床に倒された獄寺の身体が、鈍くて重い音を立てる。
 
「かっ!……はっ…」
 
 俺が体重を掛けて押し倒したせいで、強かに背中を打った獄寺が呻いた。 多分相当痛かったと思う。獄寺の丹精な顔が、眉根を寄せて辛そうに顰められている。
 こんな時、いつもの俺ならば撫でさすって下手に出て謝って、心底優しく獄寺を甘やかしてやるのに。
 でも、今は常のように優しくしてやる気は毛頭ない。俺に抗おうとする獄寺の四肢を上手に押さえつけ力の限りに押さえつけた。
 俺が全体重を乗せて足もガッチリと固定してやったら、獄寺はもう身動きが取れない。体格・力共に俺のほうが上だ。
 獄寺が非力だとは言わないけれど、でもこの体制なら体格がいい方が圧倒的に有利だ。獄寺は、俺から逃れられない。
 
 
―――もう、俺達が何度もした論争。
 
 いつも争いの種になるソレ。もう聞き飽きた獄寺の言葉。
 
 ………お前は日本で野球やってろ。イタリアきたら許さねえ。
 ………お前は薄汚いマフィアなんかになるな。人殺しなんかすんな。
 ………お前は、ずっと日が当たる暖かい場所で勝手に一人で幸せになってろ………
 
 つくづく馬鹿じゃねえのか獄寺、と本気でそう思う。そんな事言ったら、余計に俺は虜になる。
 俺の事ばっか考えてるってお前自らが告白してるようなものだ。
 俺の幸せの事ばっか考えてるって、そう告白しているようなものなのに。
 
 勝手に未来にある俺の人生を決めて、自分をその罪深さで断罪する獄寺に苛立つ事が多くなった。
 お前は過保護な母親か? お前に決めて貰わなくても俺が自分で選択する権利があるだろうに。
 
―――俺は、嫌味な顔で獄寺を覗き込んでやった。もう中1から五年以上もの付き合いがあるんだ。俺は獄寺の性格を知っている。
 喜ばせる事も寂しい気持ちにさせる事も、機嫌を直させる言葉も獄寺に囁けばしんなりと蕩けて恋人として寄り添ってくるような甘い言葉も………効果的に怒らせる事も、勿論。
 幼いながらも二人で死にもの狂いで始めて、懸命に続けて、これからも共に在りたいと心の底から想う恋の相手なのだから。
 
 俺の小馬鹿にしたような表情に、余計に怒りを掻き立てられた獄寺が唇を噛み締めて射殺しそうな目で俺を睨んで来た。
 
「ほーんとお前は馬鹿だ」
「バ、カはお前だ!バカなのはお前なんだっ!お前なんも解ってねえよ!平凡でも幸せになれる道があんのにっ………わざわざ汚い道に来るこたねーんだ!」
 
 怒鳴るような、悲鳴のような。 裏返る獄寺のそんな声も、最近は聞き慣れた。
 
 
「獄寺は俺に汚れてほしくないから、だから言ってるだけだろ?」
「それの何が悪い!?」
 
 肩をぐいっと抑えつけ、上から見下ろしてやる。丁度腕立てをするような体制で体重を掛けられて、獄寺の顔が苦しそうに歪んだ。
 
 ああ、押さえつけられて痛いのかな、と獄寺の顰められた顔を見て俺は漠然と思う。いや、それは当り前なのだけれど。
 俺の全力の力で押さえつけられて締め付けられて、相当獄寺は苦痛な筈だ。俺は体格もいいし筋肉がついている分、見かけよりは体重もある。押さえつけた手首は確実に跡が残るに違いない。
 同じ男でも骨格からして違う獄寺には容赦ない俺の力はきついはず。余裕で見下ろす俺を悔しそうに獄寺が睨む。
 
「いかにも俺の為です、って言うけど。でもそれは全部、獄寺が自分のせいだって思いたくないだけじゃねーの?獄寺自身の為にくるなって言われた方が素直に納得出来るわ、俺」
 
 今まで、聞かせた事の無い冷たい声色で言い放つ。
 獄寺の怒りできつかった顔付きが俺の言葉を聞いた後に、一瞬置いてから………泣きそうに、歪んだ。
 
「そ……んな……俺は、そんなつもり……」
「獄寺」
 
 ――――まだ起こってもいない未来を断罪するお前は本当に愚かだと思う。
 勝手に俺の未来や夢を想定して、勝手に自己嫌悪や責任を感じて、獄寺と同じ道を歩もうとする俺を心配するその優しさは、俺にとっては無用の長物でしかない。
 ――――そして、どこまでもお前の慈愛に傾倒してゆく俺の愚かさ。
 獄寺の言いたいことはよく判る。獄寺を理由に、薄暗い道に入ろうとする俺を危ぶむ恋人の気持ちは俺にだって判っているんだ。
 未来で俺が後悔した時に、理由にされた獄寺には何の責任も取りようがない。
 責任を取ってもらおうなんて思っては居ないけれど、俺が道を踏み外す一端を担った呵責で自分を責めてしまう獄寺の気持ちを想像出来ない程、俺だって人の気持ちの機微が判らない訳じゃない。
 
 ―――それと俺たちはこの恋を後悔したくないんだ。
 『この恋をしなければこんな事にはならなかったのに』と不確定な未来で俺が嘆く様を見たくないお前。
 『ここで手を離したら、こんなに愛しい存在が俺の腕から永遠に消えていく』と怯える俺。
 二人とも、傷つきたくなくて、怖くって必死に予防線を張ろうとしているんだろうか・・・。
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