W・main story
□I LOVE YOU
1ページ/1ページ
『I LOVE YOU』を一番最初に『君の為なら死んでもいい』と和訳したのは誰だったのか。
物凄い極論だと取れる訳だけど、あながち間違いではないかも知れない。
愛が深ければ深い程に、相手の為なら死んでもいい。
――あいつの為なら死んでもいい。
この世一人の君なら
――右脇腹が熱かった。
なまじ銃弾が貫通したおかげで、遮るモンもないから血が吹き出してきている。場所も悪い。右わき腹・肝臓・急所じゃねーか。
どこのファミリーの鉄砲玉か知れないが、ご丁寧な事に俺のプライベートねらっての狙撃だった。
まぁ、でもいい腕だ。惜しいな、ボンゴレに欲しい腕だわ、なんてこの命に関わる切迫した最中に呑気に思う。
自慢じゃないが、この俺に気配さえ気付かせずに狙撃とは恐れ入る。出来れば俺の部下に欲しかったものだ。俺はボンゴレの中でも武闘派の教育に携わってるけど、これだけいい腕の部下は限られてる。
5発打たれて、その弾道は全部的確に急所を狙ってた。
この場所が遮蔽物がある場所で、今、俺が手にしている物が花束でなく時雨金時ならば最後の一発を食らう事はまず無かっただろうけど。
なんとかある一つの墓標に這いずって辿りついた。俺はもうすぐ失血死するだろう。
―――お前のように。
「……くっ……」
大理石の墓標に彫ってあるお前の名前を血まみれた指で辿りながら、俺の喉から小さい呻きみたいな笑いが漏れる。こんな所で、こんなやられ方をした自分が可笑しくて堪らなかったのだ。そして俺は、命が消えていくのが嬉しかったのだ。
「くっ……は、はははっ……!あーはははははっ……」
笑いと共に振動する腹筋に押し出されるように暖かい血が吹き出してくる。
―――嬉しい。
今はただ、可笑しくて嬉しくて嬉しくて笑いしか出ない。
「あー、ダセェ。俺ダセー死に方するなぁ。あははっ……」
ああ、ここが郊外の墓標が並ぶだけの見晴らしのよい寒々しい場所でよかった。
そして手に持つのがユーチャリスの白い花束でよかった。遮るモンも逃げ場もなくて、時雨金時を持ってなくて本当に本当によかった。
今日はお前の命日で、毎年この日だけは俺は絶対に部下なんか付けずにここに来る。
この日だけは、絶対に絶対に俺一人でここに来たかったから。
俺を撃った狙撃主も洒落た事をしてくれる。こんなお誂え向きの日に、こんなに極上の場所までプロデュースしてくれた。
―――最高だ。
マジで誉めてやりたい。すっげー感謝してる。
……ツナを守るでもなく、抗争で散るでもなく、ただの暗殺で逝く俺をお前はダサいと罵るかな?
あっちでもしお前に逢えたなら、怒鳴りつけられるのは覚悟してる。
『こんな死に方させる為にお前を庇った訳じゃねえよ!』とか『どうせ死ぬなら十代目の役に立って死ね、野球バカ!』とか。
あの罵声さえ、今は懐かしくて恋しい。思い出すだけで俺の胸を熱くする。
血と泥でひしゃげたユーチャリスの花束とお前の好きだった煙草を墓標になんとか添えた。
そして堅い冷たいその大理石の上に顔乗せて目を閉じる。
……嬉しい。
後を追おうなんて一回も考えた事ないけど、お前がいなくなってからは漠然と時間だけが過ぎてて、ずっと心は空虚だった。
お前が居なくても、俺はきっちり仕事したし、ツナをがっちりお前の分までサポートしたよ。死にたい、とか考えた事も無かった筈なのに、今俺はこんなに嬉しい。
気づかなかったけど、俺の望みはこれだったみたいだ。自分の心なのに、中々分からないものなのな。
でも、もうすぐだ。
……嬉しい。お前と同じとこにいける。
凍り付く程冷たい水の底に一人沈められていたのをやっと解放して貰えたような、そんな最高の気分だった。
『十代目の為に俺の命はある』
ガキの頃から何度も聞いていた獄寺のその言葉には一片の偽りも無かったと思う。
もし、あの場にツナがいて山本と同じ危険に晒されたら、獄寺は間違いなく綱吉を庇った筈だ。
でも、あの場には綱吉はいなくて銃口が向けられていたのは山本だった。
……敵対ファミリーとの交渉の決裂。双方数名の幹部が出席しての大がかりな会合だった。
どうしても条件を妥協しない相手にこちらも腹を据えかねて、強行手段をちらつかせ駆け引きをした。
規模の大きさを誇示し居丈高に構えたボンゴレからの条件提示に切れた相手方の部下が、こちらの護衛を射殺したその無思慮な一発が。
それが全ての引き金で、交渉の場が戦場になる。
交渉に出席していた獄寺と山本も応戦せざるを得なかった。
―――そして凶弾を身に受けて獄寺が倒れた。
山本を狙ったその銃口から獄寺は山本を庇ったのだ。
「なっ……で……」
まだ続いている暴動の中、何とか獄寺を廊下に引きずりだして、山本が震えた。
「な、んでっ」
獄寺の右脇腹から血が吹き出している。
銃弾を受けてみっともなく倒れた獄寺を引き掴んで、あの部屋から転がり出た。
一緒に交渉に立ち合っていた雲雀が二人の逃げる道を開いてくれた。
「なんで庇った!?バカじゃねえのか、獄寺!」
こんな事言ってる場合じゃないのは解っているけど、言わずにはおれなくて泣きながら獄寺を怒鳴り付ける。
だって、とても『守ってくれて有難う』などとは思えない。身体が小刻みにぶるぶると震えた。
……その震えは闘いで高ぶっている気持ちの為か、それとも哀しい予感の為か。
「た……すけて、怒られちゃ、世話……ねぇな…ぁ。でも、お前が…無事で…よか…った」
獄寺が苦しそうに笑う。だけど、その顔色はどんどん白くなってゆくばかりだ。
「いいからしゃべんな!止血すっから」
獄寺のシャツを切り裂いて止血の為に傷口を縛ろうとする。
ああ、でも場所が悪い。なんで寄りによってこんなとこ、撃たれてんだか。
縛ったってなんの止血にもなりはしない場所。
今ではボンゴレで一・二を争う優秀な暗殺者の山本に、それが楽観できる怪我に見える筈もなく。
きつくきつく獄寺の傷口を縛り挙げながら、涙が止まる事はなかった。
――ずん、と冷たい物が心に沈む感覚。鉛を飲み込んだような重苦しい恐怖。
獄寺を無くす現実に、ただ震えて泣いた。
ボンゴレの鬼武者、とまで言われた男が為す術もなく泣きじゃくる。
「あー……やべ。も、目、見えね……かも」
「ご……くでら…っ……」
「も、最後だ、から……言っとくぞ」
「そゆ事、言うなよ!」
苦しそうな呼吸に途切れそうなか細い声で、獄寺が告げる。
常にはどんなにねだっても、ついぞ言ってはくれなかった言葉なのに。
こんな場面でそれを告げられると、返って獄寺を失う現実を煽られたようで恐ろしくなる。
「や、ま……と、愛し……る…」
「……な、んで、なんで今、なんだよっ?!なんで、今、そんなっ……」
不規則な呼吸音と冷たくなる肌が、もう一緒にいられる時間は短いのだと言っているようだった。
「死ぬならツナの為に、だろ!?俺の為なんかじゃないだろ!こんなとこで、おれ庇ってなんてっ……!!」
一切の力が入らない体をただ、抱き締める。動かしちゃいけないとか、しゃべらせちゃ駄目だ、とかもう山本には考えられない。
コフッ…と小さく咳き込んだ獄寺が擦れた声で小さく山本に告げた。
「俺は、お、前の、為なら……死、…でも……、いい……ぜ」
そう言って小さく笑って。
程なくして山本の腕の中の細い体がはかなく痙攣した。
ひゅっ、と喉が小さく鳴って、一度、二度空気を求めるように唇が動いて。
綺麗な灰緑の目は開いたまま、口を小さく開けたまま。もう、そのままピクリとも愛しい体は動かなかった。
悪い夢を見てるみたいだった。
……暴動の連絡を受けた増援のボンゴレ部隊が、山本と獄寺の脇を走り抜けてゆく。周囲を漂う血の匂いがますます濃くなってゆく。
敵ファミリーも戦闘員を投入したのだろう。激化してゆく戦闘の中。
悲鳴のような大声を挙げて獄寺を抱き締めたまま山本は泣きじゃくった。
―――俺は、ずっと、悲しかったんだな。
今更ながらに事切れる寸前になって、俺は呑気にそう思った。まるで他人事みたいだ。
でも、時間は過ぎたし、獄寺の事ばっか考えて何かあれば涙ぐんでた頃よりずっと立ち直ったと思ってた。
今だって思い出せば悲しいけど、あんなに悲しかったのは過去の記憶みたいに感じていたから。
……悲しみの度合いは決して変わってはいなかったのに、心が鈍感になってただけだったみたいだ。
毎日同じ傷を受けていれば、体は痛みには慣れる。
でも、痛みに慣れていったって、傷は傷だ。
痛くないと誤魔化すのが巧くなっただけで、傷口が癒えてる訳もない。
『お前の為なら死んでもいい』
最後に物凄い愛の告白をしてくれたよな、獄寺。
愛してるの最上級だよな、今にして思えば。
……俺こそ思ってたよ。
『君の為なら死ねる』
段々俺の身体に感覚が無くなって来た。
……嬉しい。
頬を乗せてた墓標の大理石も冷たくない。そもそも触れてる感覚も無くなっていた。
自分が今、目を開いてるのか閉じてるのかさえわからない。目の前がただただ暗い。
……嬉しい。
吹きっさらしの墓地に着いた時には、かなり風が吹いてたけど、もうその音さえ聞こえない。
……消えてていく意識。今は只ひたすらに、それが嬉しい。
『君の為なら死ねる』
君に最上級の愛を捧げられてから解った自分の本当の幸せ。
……例え、君から愛されていなかったとしても。
愛されなくても、君が生きてさえいてくれたら。
君と共に過ごせたら、きっときっと、俺はずっとずっと幸せだったのだけれど。