短編

□真実の名と永久の誓約
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と、ふっと男の気が掻き消えた。

けれど男自身がいなくなったわけではなく、相変わらず霄を見下したような余裕綽綽の笑みを浮かべたままだ。
先程は遊ばれたのだと気が付いたのは、赤い瞳がさもおかしそうな色を含んでいたからだ。


「――悪趣味な………こんな年寄り相手に遊ぼうとするなど」


男は口の端をゆっくりと釣り上げ、ふっと鼻で笑った。


「年寄り?確かにあんたと比べりゃ、どんな爺婆でも子供同然だろうさ」


その答えに霄はすっと目を細める。
こんなことをあっさり口に出せるとは、決して油断できない。


「…優しい王と言ったな。そんな王では民も国も共倒れになるぞ」

「そうでもないさ。下の奴らが足りない所を必死で補えばいい」

「しかし――」

「だから」


男は霄を見つめた。
人にはない愚かなまでに率直で、美しく恐ろしい瞳で。




「劉輝のやることに口を出すな。そうすれば……劉輝は史上最も良い王になる」



それが当然だと疑うことなく信じる力溢れる声だった。


「ただし、劉輝がそれを望まなければ、オレは此処から劉輝を連れ出す。誰にも手出しさせない」

「――そんな事はさせんぞ!」


「黙れ!何千年も嫌気がさすような“約束”に縛られ続けている哀れな仙人が」


静かなその声にぞっと震えたのは身体か、心か、それとも魂か……。


「本当に捧げるべき約束は相手も内容も選べ。だから今そんなに苦しむんだよ」

「…貴様は、いったい……」



愕然とする霄を、男は嘲笑う。



「オレは真名も約束も、たった一人にしか与えない。だからお前がオレを呼ぶ名などない。
―――しかし通り名くらいなら教えてやる。その代わり、さっき言ったこと、守れよ」

「さっき…?」


鋭い光が赤い目を彩る。




「劉輝に手を出すな。――オレは《赤竜》だ」



「赤竜だと!?」

それは最近まことしやかに流れる噂の男。
風の狼頭目・黒狼より強いと言われる男。

それはただの噂などではなく、真実なのだと霄は理解した。




その途端、強い風が吹き荒れる。

とっさに目をつぶった霄が再び目を開けても、そこには誰も何も残ってはいなかった。








ただ瞼の裏に残る赤い残滓が、いつまでたっても消えない――。


【我ガ名ト誓約セシ君ノ為ナラバ】
  
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