短編

□真実の名と永久の誓約
1ページ/2ページ



「霄宰相に禅譲すると言っているだろう!」


そう言い募る劉輝を彼の父王と共に退けたのはほんの数刻前。
今は月が煌々と輝く夜空を、霄は見上げていた。

人も風景も長い年月の前には姿を変えていく。
しかしこの空だけはどれほど時が過ぎようとも変わることはない。


そしてまた、霄の存在も、あの“約束”も―――。



そう“約束”。
今でも延々と彼を縛り続けるもの。

ゆえに彼はこの王宮にいるのだ。
そして新たに見つけた、今の王にも勝るとも劣らぬ資質を持った紫劉輝という者。


「まぁ、まだまだ幼いうえ甘過ぎるんじゃが」

しかし、あの王位争いを生き残った事実は見過ごせない。
いくら王位にほとんど関係がなかったと言っても、暗殺の手が向けられたことは疑いようもない。
その中で生きていたのだ。
運だけでは決してない。

―――だからこそ剣を握ったこともないというのはおかしいと思うのだが。


「何にせよ、あの甘さが抜ければ良い王となろう」

そう一人ごちた、その時だ。








「劉輝のは《甘い》じゃなくて、優しいんだ」



背後から声が掛けられた。
気配も足音さえもまったく感じられなかった。
気を抜いていたつもりはなかったのに、と霄はさっと振り返る。


「今まで何十と王なんていたんだろ?その中の一人くらい優しい王でもかまうまい?」


形のいい口元に微かに浮かぶ笑みは嘲りを含み、

煌めく焔を封じ込めた瞳はぞっとするほど冷たさに溢れ、

風に揺られて燃え盛る業火を模した長い髪は毛の先まで力に充ちている。

手の指先から歩んでくる脚の動き一つを取っても、隙がない。

全身が緋色に染められた男。




霄は一目見て、背筋を粟立たせた。
“これ”が人間など信じられない。
しかし人間でしか有り得ない。
なぜなら、此処は彩雲国の首都・貴陽。


人以外のものは人畜無害でないかぎり、入ってはこられない聖域。
例外は自分と同じ存在の八人のみ。


そう分かっているのだが、この男の尋常でない気の力は人の内におさまりきるものではない。
正面から向かい合っているだけで、背中に嫌な汗がじっとり湧き出してくる。

ゴクリと唾を飲み込んだ音がいやに響いた。


  
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ