短編
□いつかの願い
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(イタイ……)
朝に母にぶたれた頬とそのせいで打ち付けた背中がとくに。
昼間は兄たちに庭園の池に放り込まれた。
大人にとっては足のつく浅い池だが、まだ幼い劉輝にとっては溺れて当然の深さだ。
水をしこたま飲んで、苦しげにバシャバシャと手足を動かす姿を、兄公子たちはゲラゲラと品のない笑い方で嘲笑った。
水を吸って重たくなった服のまま、ようやく岸に辿り着いた時には義母兄たちは飽きたのかもういなかった。
それに安堵しながらも、独りになったことにぞくっと背筋が震えた。
その震えが恐怖や怯えであることを劉輝は理解していない。
誰もそんなことを教えてはくれなかったからだ。
ただ震えの走る身体をぎゅっと一人で抱きしめ、重たい服や髪をつたう冷たい雫に堪えながら、日の当たる場所を目指す。
誰も来ない庭園の奥深くの開けた場所に辿り着く。
ここだけが劉輝の安心できる場所だった。
ホッとした途端、ガクンと足から崩れ落ちる。
が、繁茂していた雑草のおかげで、その身体は柔らかく受け止められた。
けれど劉輝はそのまま草に顔をうずめたまま。
ずぶ濡れのまま歩いてきた身体は、寒さのせいで細かく震えていた。
それでもここでじっとしているだけで、さんさんと降り注ぐ陽光が乾かしてくれる。
(なんて…やさしいんだろう)
こんなに温かな熱を感じられるのは太陽の光だけだ。
だから劉輝は太陽が大好きだ。
太陽がいなくなってしまう夜が嫌いだ。
でも、その夜も太陽がまた照らしてくれるのだ。
どうしてなのか劉輝にはわからなかったが、温かい太陽がやっぱり好きだった。
とくに、真っ赤に染まった夕焼けの太陽が。
それは夜になる合図ではあったけれど、力を振り絞るように目を引く赤で、また明日、頑張ってと言われているような気がしたから。
そしてとてもキレイに空が赤に染まると、必ずといっていいほど太陽が次の日にもやって来てくれたから。
だから劉輝にとって、夕焼けはキレイで優しくて大好きなものなのだ。