Fiat Lux!
□Fiat Lux!【そして天が生まれた】
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劉輝はハッと目を覚ました。
頭上のいやに立派な天蓋の模様は、見覚えのない色形だ。
どこだろう?と、そろりと上半身を起こしてみる。
『目覚めましたか?』
辺りを見回す前に、温かみのカケラもない冷え冷えとした声が掛けられる。
あっと見遣れば、かの大妖魔の配下である蒼銀髪の人離れした美しさの女が寝台の傍に佇んでいた。
劉輝は思い出す。
自分は妖魔の“玩具”になったのだと…。
『わたくしは鋼華と申します。ここは主様の住まう城に向かう馬車の中です』
「馬車…ですか?」
馬車内に、こんな豪奢な寝台が置かれているものだろうか?
しかも、地面を走る振動が少しも伝わっていない。
とは言え、“外”の世界では寝台付きが当然なのかもしれないし、馬車はちょうど立ち止まっているのだろうと考えておく。
これからは彩雲国の常識など、通用しないのだと思っていた方がいい。
それでなくても、今から向かう先は妖魔の本拠地と言っても良い。
何が起こっても不思議ではないのだから、いちいち驚いたりしていてはダメだ―――もう二度と“あそこ”へは帰れないのだから。
『人間、目覚められたのなら早速ご案内させてもらいます』
鋼華の声はやはり、何の感情も見出だすことはできなかった。
『我が主様の御元へ』
どれくらいの時間意識を失っていたのか分からないが、劉輝にとってはつい先刻。
あれだけ酷い仕打ちをした者の元へ、当然のように案内される―――もちろん、劉輝に拒否権などありはしなかった。
※ ※
鋼華は劉輝を“人間”と呼びながら、丁寧過ぎる態度……まさに慇懃無礼そのもので案内した。
――そう、馬車の中だと言っていたのに案内が必要なほど、そこは広かったのだ。
まず劉輝の寝かされていた部屋(木造の装飾完備の立派な扉付きだった)を出ると先が見えない長い廊下が続き、しばらく歩いて右に曲がると上へ続く螺旋階段が伸びていた。
さすがにここまでくると、馬車内であることを否定したい。
さらに極め付けは、上層階に広がっていた貴族の屋敷にあるような大きな池と朱塗りの欄干の橋だ。
妖魔と話すのはかなり恐ろしく、声が震えないか心配だったが劉輝は尋ねずにはおれなかった。
「あの!…鋼華殿…」
『何でしょうか』
「ここは本当に馬車内ですか?それにしては広いような…」
橋を渡っていた鋼華が立ち止まる。
何かマズイことでも言ったのかと、劉輝も硬直した。
『…今まで、そんなのんびりした事を聞かれたのは初めてです』
「……え?」
『主様の元へ赴くというのに…無知とは幸福でもあると詩吟大公がおっしゃっていたそうですが…』
「あ、あの?」
鋼華は劉輝をちらりと振り返った。
『…術で空間を捩曲げ、広げているだけです』
そして、再び歩き始めた。
劉輝はまだ質問したいことは沢山あったが、先に思ったように、やはり何があっても不思議ではないと納得し、彼女の後に続いた。
橋を通り、大松も立派な和風の庭の小道を行き、大理石造りの廊下を歩いていく。