Fiat Lux!

□Fiat Lux!【同時に闇が生まれた】
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炎竜王と配下の女妖は言いたいことだけを言って、すぅと影に溶けるように消えた。
広間はまだ大勢の人々が群がっているにもかかわらず、誰もいないかのように静まりかえっていた。
立ち込める沈黙は誰にとっても苦しいものだったが、口を開けようとする者はいない。

代わりに、全員の視線が一箇所に向けられていた。
竜王に襟元を離された格好のまま、茫然と膝をついている劉輝、その一点に。

本来なら、たった一人の命と一国だ。
迷うことなどない。
今すぐにでも妖魔に投げ与えるべきだ。

しかし、その一人が投げ与えさせる筈の国王だった場合。
それも先王直系のたった一人だった場合。
―――逃げるという選択肢は既にない。
身代わりというのも、炎竜王は赦さないだろう。

結局は取るべき道は一つしかない。
……だが。
……しかし。
それでも……。



「主上…主上、とにかく手当てをしましょう」
戸惑う人々の視線から庇うように、悠舜が劉輝の傍に膝をついた。
肩に手を置き、そっと囁く。
ビクリと身体を震わせた劉輝が悠舜を見遣る。

その、誰かに縋り付きたいと望む、今にも脆く崩れてしまいそうな瞳。
“王”ではなく、“劉輝”だ。

こんな彼に己は何もしてやれないと分かっている悠舜は、ギリッと臍を噛んだ。
悠舜が動いたことで我に返ったのか、ようやく側近と目される――最近は顔さえ合わせていなかったのだが――楸瑛と絳攸が駆け寄る。

その顔は、劉輝が赤く腫れた頬をしているからか、一層ずっと白く見えた。
「主上!誰か、陶医師を!」
「今は手当てをして…先程の話は後で決めましょう」

絳攸は気遣かったつもりだった。
あの辛い話は、落ち着いてから『みんな』で決めようと…。
だが劉輝には、後で『一人』で決めてくれと聞こえた。
絳攸がそんな事を言うわけがないと分かっていても、一瞬頭を過ぎった考えは離れることはない。

…数ヶ月、『家』を大事にして二の次にされた。
それで良いと思っていたのに――無意識では悲しくて悔しくて淋しかったのだ。


それに、実際この問題は劉輝一人の問題だった。
あまりにも簡単な問題だ。
一人と一国全て……比べる必要さえない。
ただ己の覚悟一つで、全て解決するのだ――。



皮肉なことに、劉輝を気遣かう絳攸の言葉が、劉輝のなかの『王』を正気づかせたのだ。
痛む頬も、さらりと背を流れる髪も気にせず、劉輝はたたらを踏みながら立ち上がる。

「後で決めることもなかろう。余は炎竜王に従う」

高らかに宣言した声が震えていないことを劉輝は祈った。
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