Mechanical Hero

□Rat catcher
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――さー!今朝も始まったぜぇ!
今朝は騒がしく。

セント・ジャイルズのスラム街の端、ボロ屋の隅っこの部屋はどたどたと騒がしい。
「ほら、脱げ、オスカー」
がしゃがしゃとかかるオンボロラジオのパーソナリティの声をBGMに、アイリッシュはオスカーのシャツを脱がしにかかっていた。
「いやーん。朝からそんな盛ら…」
「バーカ、洗濯だよ」
アイリッシュはオスカーのシャツを脱が引っ張って脱がす。オスカーはそのまま寝転び、ズボンも?と聞いた。アイリッシュは、「洗濯したきゃ脱げばいい」とあっさり言うと、自分も警察服の上着の下に着ていた黒いシャツを脱いだ。ズボンも脱いで、警察服の上着を羽織る。オスカーが投げた彼のズボンをキャッチして、一気に洗濯物を水に突っ込んだ。水といっても濁り水だが。

――さあて!今日もThe Betallsの新曲を流すぜー!
「お!」
濁り水に衣類を浸してきたアイリッシュは、パーソナリティの声に反応した。
「俺は寝るよー…」
おおきな欠伸をしながら、オスカーはベッドに体を滑らせる。

ラジオのスピーカーがギターの音に震えだし、アイリッシュの衣服を絞る手も自然とリズムを刻みだした。
――Don’t keep me――――
「ミィィイィ――!!」

アイリッシュがラジオと一緒に絶叫した。そのままばっと駆け出して、窓を開け放つ。光を浴びたベッドの上のオスカーは迷惑そうに顔をしかめて寝返りを打った。
(また始まった…)
オスカーの気持ちも何のその、アイリッシュはもうノリノリである。

「き、き、聞いてなんかないさ!」
アイリッシュは歌いながら窓の向うの洗濯物ロープに手を伸ばし、洗濯物を干し始めた。
「あいつだって聞いてなんかない」
ビートールズは熱いビートをスピーカーの向うで刻んでいる。
「思い出すんだ、覚えておけよ、」
アイリッシュの手がリズミカルに揺れた。オスカーのシャツ、彼のズボン、自分の上着――と言う具合に干してゆく。
曲がサビに入り、アイリッシュのテンションは最高潮に達する。
「俺には酒はきききっ効かないぜっ」
ラジオとアイリッシュの声が見事にユニゾンした。この瞬間がたまらない、とアイリッシュはいう。いま現在も満足そうな顔色である。「最高」表情が語っている。

―俺も世間もそんなに
「あまくない――ッ」

朝日が照らす
小鳥が飛んでゆく
アイリッシュが叫ぶ
ばさり、とズボンが落下した。

“Yhea―-―!”だかなんだか叫んでいたアイリッシュの声が、「あああ!!」という衝撃の声へと変わる。

「ズボン落としたぁああ!」
「はーい、残念、とってらっしゃい」
ベッドの中でオスカーがぬくぬく言った。アイリッシュはラジオの演奏が終わってもなお、その歌のサビを口ずさみながらどたどたと部屋を出て行った。
ラジオの音だけになり、部屋が静かになる。オスカーはそれを遠くのほうにききながら頭をリラックスさせる。素肌に布の感触が気持ちいい。
(好きだよな、ロックンロール)
そう思いながら大きな欠伸をして伸びをする。
「俺には酒はー効かないぜぇーっと…」
欠伸の吐息と一緒に思わず声が出た。いいや、出てしまった。

「…しまった」
なんだかんだで最近の自分の大ヒットソングのようである。
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