Mechanical Hero

□What is boring?
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小奇麗なそのアパートの階段を、アメリアは一人、登っていた。一段一段、その段差を見つめつつ、慎重に足を進める。
今日あったことを思い返すと、自然と気が抜けるようなため息が零れる――。

「――どういうことですか…?」
夜勤明けの次の日、スコットランドヤードに出勤した彼女はアルウィスと共に、アレックの前にいた。
「だから、もうお前らは『リンドーロ事件』は関係ない。関わらなくていいっつってんだ!」
苛立った様子で片足を貧乏揺すりさせながら、アレックが言い放った。隣のアルウィスといえば、「あーい」だかなんだか言いながら、あくびをして返事をしていたが、アメリアは全く納得がいかなかった。
「お、おかしいじゃありませんか!だって…彼を検挙したとき、私達は一緒にいました!しかも、私とアルウィスで取調べを行ったんですよ!?彼の話を聞き、彼の顔を見て、しかも彼の仲間の姿だって見ています。一部始終を見たのは、私達しかいないんです。なのに…どうして…」
アメリアはアレックの机に手を突いて、身を乗り出して訴えた。アレックは彼女のその真面目な性格がうっとうしいとあからさまに顔に出している。
「だぁ、かぁ、らぁ!」
アレックも負けじと、机にばん!と手を突いて立ち上がった。
「上からの命令なんだよ!お前らがなんと言おうが、お前らはこの事件にもう要ナシっていうことだ!」
近距離で怒鳴られ、流石にアメリアも折れた。すっと身を引いて、ぼんやりと数秒停止すると、失礼します、と言い残して立ち去った。
それからは、今までの機械的な生活が帰ってくる。
いつものようにパトロールをしたり、護衛をしたり、詐欺師や泥棒、スリを検挙したり。これらも大事な仕事ではあるが、あの奇妙なふたり組みのことをこれから調べると覚悟していた彼女は、魂を半分持っていかれるような気持ちになった。つまり、気が抜けた、のである。

――こつん、二階の自分の部屋がある階についた。階段を登っていたことをまったく忘れていたアメリアは、そんな自分に一瞬驚いた。後ろを見ないように気をつけて、自分の部屋へ向かい、すばやくドアを開けて入る。ランプに火を灯すと、ぼんやりと静かな自室に置かれた家具たちが輪郭を現した。
コートと黒い警察服を脱ぎ捨てて、ワイシャツだけになると、乱暴にベッドへ身を投げた。
こうするときが、一番落ち着く瞬間。このまま眠ってしまえそうだ。
しかし、うとうともしてはいられない。
伸びをするついでに、電話へ手を伸ばす。何とか受話器を取り、寝返りを打った。電話口に出た交換手へ電話番号を告げ“彼”が出るのを待つ。
「もしもし」
耳元で、大好きな彼の声がした。アメリアの口元が自然に緩む。
「エリック、私。」
そういうと、嬉しそうに彼――エリックは「アメリアかあ!」と笑っていた。
「お疲れ様。声疲れてるけど、大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫。エリックも変わりない?」
「ああ、こっちは元気だよ。」
そんなやり取りをしているが、昨日も電話をした。
アメリアとエリックは恋人同士である。エリックはイギリス人であるが、今彼はイギリスにいない。大手貿易会社の息子である彼は、今、仕事の関係でオランダに行ってしまった。エリックは大富豪の息子、つまり上流階級に当たるが、アメリアは警官である。一見身分の差があると思われるが、もともとアメリアの身分が低いものではないので、彼の両親もふたりの交際を認めている。警官という職業は、アメリアが自ら望んだものであるのだ。お互い将来は結婚を考えているが、それはまだ先の話しになりそうだ。エリック自身、いつ帰るか分からないのだという。

彼らは時間があるときはできるだけ、こうして電話をしている。アメリアのほうが帰りが遅くなるので、彼女がかけるときがほとんどだが、エリックは何も言わずに愚痴やその日の出来事を聞いてくれる。
「――それでさ、ファンったらさ――」
今日はエリックが、彼の友人の話しをアメリアにしている。
不思議なものだ。いつだって彼と話をすると、心が落ち着いて、楽しくなる。嫌なことも、この時間だけはすっかり忘れることができる。
エリックの話が落ちを迎え、二人で笑い合う。彼の笑い声を聞くだけで、一緒にいた日々を思い出す。いつ帰ってくるかはまだ分からない彼の。
「で、君は?」
「え?」
急に話を振られ、アメリアはきょとんとした。
「なにか、面白いこととか、変わったこと、ない?」
彼のその言葉を聞いて、アメリアはハッとした。昨日も電話したのに、何故だかあの二人のことを話していなかったのだ。何故かといえば、夜勤明けだと話しをしたら、健康には気をつけろと言われ、最近の健康の話しに話題が反れ、会話を終えて、そのまま電話を切ってしまったのである。話している最中に、リンドーロとフィガロのことを話そうと思ったが、彼らのことを一日中考えすぎて、どこから話せば良いかわからない、というのもあった。
今、話そう。最初から。そう心で呟いて、アメリアは口を開いた。
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