Mechanical Hero

□Go to see?
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「着いたぞ」
荒い息遣いで発せられたアレックの声。ぼんやりとサーベルを見つめていたアメリアは、ハッと我に返った。
窓の外では持ち運び用のサーチライトが眩い光を放っている。アメリアは再び外に目を向けて下車した。
吐く息が白い。3月といえどロンドンはまだまだ寒い季節だ。ここ、イーストエンド地区ではなおさら寒く感じる。
スラム街の路地――アレックが言っている“犯人”が出没するのも頷ける。思い出してみれば、切り裂きジャックが出たのもこの辺りだ。

指示を出し合う警官達の声が、一層大きく耳に入ってきた。現場の緊張感を感じ始める。
アメリアはただ事ではなさそうだと思いながら車のドアを閉めた。反対側のドアから、アルウィスもあくびをしながら降りてくる。あの男には緊張というものがないのだろうか…。

数人の警官がアレックに近寄り、状況を説明している。そしてアレックは車内で話していた声よりも更に大きな声で指示を飛ばしていた。


「見ろ、アメリア。サーチライトが照らしているだろう、あそこの家の屋の上だ。」
アレックが指をさす。
アメリアは目の上に手をかざし、サーチライトの光を避けながらその方向を見た。人影のようなものが見える――。
目をこわばらせると、その人影がハッキリとした。

金髪の髪に、焦茶のジャケット。それは高級とはいえない。そこいらにいる下級市民と変わらぬ風貌だった。
性別は男のようだ。彼は自分を囲んでいる警官達を見回しながら、屋根の上で度々向きを変えている。

「確認しました。彼の罪名は?」
「公共機械破損罪、無断侵入罪、建設物、道路破損罪、そして――数年前までは窃盗罪なんかで署ではなかなか名をはせていた」

「人は殺してないんですね?そんな厄介には見えそうにありませんけど…」
アメリアがそう言った瞬間、アレックが何を言ってんだ!と言わんばかりの顔をした。
「アイツをずうっと前から逮捕のために追いかけてる!!それでも捕まえられんのだぞ!こ、の、俺、が!!」
アレックが唾を飛ばしながら怒鳴るので、アメリアは困ったように身を縮める。
「そうでした、そうでしたね警部。」
「だからこそ、今日捕まえねばならんのだ!あの憎たらしい、子悪魔を!!」
アレックはそう言うなり、メガホンマイクをアメリアに押し付けてきた。アメリアはそれを受けとり、後ろのアルウィスを見る。
彼は警帽を被り、「いつでもどーぞ」と言った。相変わらずリラックスした様子だ。アメリアは二ヶ月前に彼に出会ったが、どんな事件でも慌てたところを見たことが無い。(逆に言えば、やる気の無いところしか見たことが無い。)まあ、落ち着いているに越したことはないのだが。

アメリアは再び男が立つ建物を仰ぐ。
「こちらロンドン警察。聞こえる?」
メガホンでアメリアがまず言った。

男が振り向く―――金髪が一層映えるような整った顔立ちは、まるで警察を小ばかにする様ように薄笑いを浮かべていた。齢は二十代半ばほどであろうか。
そして、男はアメリアとアレックの姿を見るなり、嬉しそうな顔をしてみせた。
「アレック警部!やっぱり来たんですか」
「当たり前だ俺はお前を捕ま…」
「警部、落ち着いて下さい。下手に挑発するといけません。」
アメリアがメガホンを遠ざけてアレックに言う。ここは、私に任せて、と付け加えた。

「今日は素敵なレディを連れてきてくれたんですね。大きな目にベリィショートが良く似合う可愛いコだ。」
顎に手を当てて、アメリアを確認するように男は続けた。そこで初めて彼が白い手袋をしていることに気がつく。下級市民にしては珍しいことだ。
「ありがとう。お褒めの言葉光栄だわ。」
アメリアが柔らかく返す。隣でアレックが、あの男のコックニー訛りがきにくわんと呟いた。
「ねぇ、名前を教えてくれないかしら。私はアメリア。貴方の名前は?」
「アメリア…いい名前だ。うーん、俺はそうだな…“リンドーロ”。」
「あら、それは偽名?」
そう言えば、リンドーロは驚いたような顔をした。そしてすぐに「よく分かったね」と言って苦笑いした。
「オペラは好きなのかしら?」
「ああ、この話はね。愉快でいい。皆幸せハッピーエンドだしね。」

リンドーロとアメリアの話を聞いて、隣でアレックがかっとした。
「なんの話をしている…!さっさと逮捕にこじつけんか!」
「まあ、警部、アメリアさんに任せて」
それをアルウィスがゆっくり諭した。

「じゃあ、リンドーロ。貴方はどうしてそんな所に登っているの?」
「成り行きというかね…仕事ってやつさ。」
「何の仕事をしているか、教えてくれる?」

その質問にリンドーロは考える素振りを見せた。

「どうせしょうもない職だろう。」
吐き捨てるようにアレックがつぶやく。
実のところ、アメリアもそう思っていた。結局は泥棒かなんかで、なにか言い訳を考えているのではないか、と。
しかし、彼女にとってもこんな落ち着いた容疑者は初めてで、次に耳にする回答も初めてだった。
彼は言った。
「ヒーローかな。君たちよりずうっと、頼りになる、ね。」

“ヒーロー”、と。
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