Sky Caribbean
□存在
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ロンドンの部屋の前で、ヴィッツは立ち止まっていた。
手にはジャガイモ、にんじん、たまねぎといった食材の入った箱を抱えている。
ヴィッツのまなざしは心配しているようだった。
((レヴィン…この時期になると篭るけど…大丈夫かな…))
ヴィッツはロンドンの事をレヴィンと呼んでいる。ロンドンのファミリーネームである。
ロンドンはある時期がくると、篭りっきりになってしまう。理由は誰も分からない。皆心配しているのだろうけれど、この“こもり”は季節のような物であり、周期的にやってくるので、昔からいるライズやヴィズはなれたものだ、と何も言わない。
分かっているのは、今頃の7年ほど前にロンドンがグランゼールに搭乗したことくらいだ。
ヴィッツはこの時期になると、朝昼晩の三食を彼の部屋の前においておく。
でも、幾日かすると彼はまたケロリと出てくるのだ。何事も無かったかのような、ヘラリとした笑顔と、迷惑かけてごめんネーという謝罪の言葉ともに。
ロンドンの部屋は、ずっと見つめていても物音一つしない。
ヴィッツは再び歩き出し、厨房へ向かう。
途中でシリアとアルジャノに遭遇した。
「ヴィッツ!今日のご飯はカレー?」
シリアが言った。
「うん。そんなところ…お口に合うか分からないけどね」
ヴィッツは少し照れながら言う。
「ううんっ!ヴィッツの料理は全部おいしいよ!!」
シリアのとびっきりの笑顔で、また顔が赤くなる。
「そっちのカエルは?」
ヴィッツがアルジャノを見ながら訊く。
「この前の争奪作戦のときに争奪した鍵なんだって!」
シリアが教えた。
「俺はカエルじゃねぇぞ!アルジャノだっ!!」
「へえ、カエルねぇ…」
ヴィッツの遠い目。
「カエルさんはね、今日までリーザーに色々調べられてたの。軍の発信機も取り除いたし、もう手術も終わって自由に船内歩けるんだよねっ。」
シリアはそう言って、手術おつかれ様、といってしゃがむ。
「あははー!シリアちゃんはほんとに物分りがいいなぁー!可愛いしィ!」
アルジャノは照れたようにでれでれする。なぜか、この2人が和やかに見えた…
そのとき、ヴィッツの頭の中に方程式が浮かんだ。
シリアはロボット…ということは…ロボット×ロボット=実る。
ヴィッツのライバルが増えた瞬間であった。「カエルさん一緒に寝よー!」などとシリアが枕を持って駆けてきたらどうしよう。そんな事を勝手に考えて真っ青になっていた。今の脳内をシリアに知られたら、完璧引かれること間違えなしである。
「なあ、お前ってみたことねぇー顔だなぁ」
アルジャノはヴィッツの顔を見上げ、腰に手を当てて訊いた。
「俺、軍から空賊の顔は全員インプットされてんだけど、お前はしらない。なにする人?」
吸盤のついた手でヴィッツを指差す。
「僕はヴィッツ。この船の料理人だよ。」
ちょっとムスッとして言った。
「へぇー料理人?なんでそんなんいんの?別にさ、戦闘に出ないならいなくていいんじゃないの?早死にするだけだゼィ。」
アルジャノのその言葉を聞いて、ヴィッツは硬直した。
そうだよ。
なんで僕ここにいるんだろ。
だって、僕は…シリアが怪我したときも何も出来なくて、結局サカナとライズに助けてもらって…鍵の争奪の時だって何もしなかった…。
僕が修行に行っている間だって、皆食事当番決めてやってた訳だし…
僕がいなくても――
「そう…だよね…」
ヴィッツが呟くように言う。
アルジャノは、クエスチョンマークでいっぱいのようで、首をくいっとかしげた。
「僕って、何でいるんだろうね」
ヴィッツは、はははと苦笑いをした。
「僕の存在意義って――なんだろうね。」
そう言って、廊下の小窓に移る雲を見た。その横顔はどこか寂しげだ。
「…ヴィッツ…?」
シリアが心配そうに眉間にシワを寄せる。
((あれ、なんだか俺…まずい事言ったっぽいな…))
アルジャノも言った事を後悔し、冷や汗をかいた。