Mechanical Hero

□crazy about the boss.
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「おいひー!」
 早朝、ノーバンベーカリーの脇の路地で、アイリッシュが叫んだ。赤く染めた頬いっぱいに、焼きたてのパンを詰め込んでもごもご言っている。さすがにこれにはオスカーも呆れた眼差しを相方に向けていた。
 「あらあら、ありがとう。そんなに急いで食べなくていいんだよ、沢山あるからね」
 ノーバンおばさんはにこにこと笑ってそう言う。
「ふほほほ、ほんとうでふか!」
「もちろんだよ。ジャンクを退治してくれたお礼だものね。」
「おお…!安物のパン焼機で焼いてるとか言ってすみま…」
アイリッシュが言いかけたとき、オスカーがアイリッシュの頭を思い切り押さえつけた。苦笑いして誤魔化そうとするも、“安物のパン焼機”という言葉を聞いたおばさんは、きょとんとして首をかしげている。
「いやいや、ジャンクが…ジャンクがですね、そんな質が良くないものだったといいますか、なんといいますか……!」
オスカーは早口で言うと、小声で「いちいちそういうことは言わなくていいんだっての!」とアイリッシュを叱った。
しかし、そんなこそこそした二人を見て、おばさんは大きく笑った。

「あはは!!参ったねえ!さすがジャンカーさんだよ、そのとおり前のパン焼機は安物。ジャンクになった器械は創業したときから使ってるやつなんだ。駆け出しのころのものだから、高価なものは買えなくてね。」
おばさんは懐かしむように夜が開けて間もない空を見た。
「…だけど、うちも気がつけば人気のパン屋だ。色々あったけど、沢山常連さんもできたもんさ。ジャンクが出たことを機に、ちょっといいパン焼機に変えたんだよ。
さ、遠慮なくうちのパン食べてっておくれ。ジャンクに殺されていたら焼けなかったパンであり、あんたらのおかげで焼けたパンなんだからね!」
おばさんの話しに、アイリッシュが感動したように目を見開いて、おお…!と呟いた。そして、おばさんの持っているバスケットからパンを取る。
おばさんはまた笑いながら、アンタみたいにおいしそうに食べてくれるのをみると、本当にうれしいよ、言う。

オスカーはおいしい、を連呼しながらパンを食べまくるアイリッシュに、ため息をついて、ふと前を見た。そのとき、偶然か必然なのか、アメリアが自分たちのいる路地の前を通り過ぎたではないか。
オスカーの頭は薔薇色に染まった。動きがとまり、体の奥から鳥肌が立ったみたいに身震いした。
偶然か、必然か?いいや、どっちにしろ…これは運命だろう!うん、そうだろう!彼はほとんど本能で動いた。
「アメリアー!」
そう言って路地から出て手を振ろうとする。
「アメリア?」
おばさんがもうそんな時間?と言う風に振り返る。アイリッシュは一瞬、何のことか思い出せない様子だったが、次の瞬間、思い出して途轍もなく慌てだす。
一方、アメリア本人は、オスカーの声に気がついていないようで、何食わぬ顔をしてパン屋へ入っていった。

「アメリア!」
追おうとしたオスカーのジャケットを、アイリッシュは思い切り引っ張って路地へ引きずり戻した。よろけて後ろに後退した彼の頭を、わざわざ背伸びをして叩く。
 「ばか!」
「痛い!後頭部がいたい!」
何すんだよ!と言う具合にオスカーが振り返ったとき、おばさんが言った。
「あら、あんたたちアメリアと知り合いなの?あの子警察よ?ジャンカーのことは警察に言わないようにっていう契約って聞いたけど…」
「いえ、アメリアは特別です。俺とアメリアはきっと運命の糸で…」
オスカーがきりりとそう言いかけたとき、アイリッシュの蹴りが彼の尻を直撃した。
「痛いって!」
「おばさん!契約どおり、ヤードには秘密だ!私達のことは、彼女になにも告げないで!」
慌てたように言うアイリッシュの言葉に、おばさんは驚きつつ、首をおずおずと縦に振った。

「おばさーん?」
店内からアメリアの声がする。
「こ、これはアメリアのハニースウィートヴォイス!」
「ここまでくるとお前いい加減キモいぞ!」
アイリッシュはオスカーに怒鳴ると、彼の腕をがっしりと掴んだ。
「それじゃ、おばさん!パンありがとう!」
そう言って慌てて走り出すアイリッシュに、ノーバンおばさんもあわてて呼びかける。
「あ、あんたら!ちょっと、残りのもあげる!もってきな!」
「まじか!」
アイリッシュがちゃっかりパンを受け取ったとき、再びアメリアがおばさんを呼ぶ声がした。
「はーい!今行くわー!」
おばさんが大きく返事を返し、再び二人に目を落とすと、ジャンカーのあの二人は消えているではないか。
まあ、はやいこと、とおばさんは目を丸くした。
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