Mechanical Hero

□Go to see?
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19世紀イギリス――誇り高き貴族。誇り高き、機械たち。



「ざまあみやがれ!リンドーロ!」

その夜のアレック警部は相当頭に血がのぼっていた。
珍しい、一台の黒い車がロンドンの街を駆け抜ける。運転手にアクセルを踏みっぱなしにさせ、ハイスピードで走行するように指示を下した。猛スピードで走る車は、イーストエンド――つまり、スラム街へとタイヤを滑らせている。

勝ち誇ったように高らかに笑いながら、彼は言った。
「今宵がお前の最後の日だ!」
ふははは!と、市民の安全を守るための警察が、まるで悪役のような笑い声をあげている。

アレック警部の隣でパトカーを運転している警官は迷惑そうな顔色を隠せない。
そのパトカーの後部座席に座るアメリアは呆れたような表情で、物凄いスピードで流れてゆくロンドンの町並みを眺めていた。


ガンガンと、まるでマシンガンのように一人で話続けるこの男―――アレック警部は、この道のベテランである。もう何人もの泥棒や殺人犯を逮捕していた。
若い頃から仕事に尽くし、昔は好青年で成績も良かったということで非常にモテたというが、現在の薄くなった髪の毛や頑固そうな眉毛、明らかにメタボリックシンドロームな突き出た腹を見ればそんなことは想像できない。
紳士的だと謳われたヒーローも、今や自分の名誉のためならなんでもする、ただの口煩い上司という名のオヤジである。

車の後部座席に乗っていたアメリアという女警官は、さっきから喋り通しのこんなアレックに嫌気がさしていた。
そもそも、帰ろうとしていた彼女を無理矢理パトカーに乗せ、“残業”を与えたのは彼なのだ。
まったくなんなんだ、とため息がこぼれ出た。
アレックがわめいているのを聞いていれば、どうやら自分が追いかけていた“犯人”が警察に包囲されている状態で、捕まえるには絶好のチャンスだという。
現在、犯人を包囲している警察部隊は犯人とにらめっこ状態で、なかなかの進展がない。そこで、アメリアがかりだされた。
アメリアは、ロンドン警察機関で数少ない、交渉術をもつ刑事である。
アレックはアメリアを使って、犯人を説得させるなり油断させるなりして逮捕に踏み出そうというのだ。にらめっこなんていう状態には、追いかけて捕まえるより交渉術を用いて慎重にやるほうが、効果があると考えたのだろう。
「いいな、アメリア!うまくやれよ!」
「はい。」
アメリアはそうアレックに答えながら、隣に座っている助手…部下であるアルウィスを横目で睨んだ。
アルウィスはつい二ヶ月前からアメリアの下についているが、常にマイペースで我が道をゆく青年である。
左目の下に泣きぼくろがあり、黒髪でさっぱりした顔立ちゆえ、警察署内ではなかなか人気があるらしい。
そんな彼は、こんな状況下でも居眠りをこいていた。アレックの怒鳴り声轟くこの車内で居眠りをこくとは、大した者である。
しかし、アレックにアルウィスが居眠りしていることがばれれば厄介なことになる。
アメリアはさりげなく、自らの足をのばしアルウィスの足をゆすった。

――起きない。
もっと強くゆする――それでも起きない。
ついにアメリアは、アルウィスの足を思いきり踏んだ。
「いたいっ!」
「こら、仕事中よ。」
思わず声をあげて飛び起きた彼を、アメリアは小声で叱った。しかし、そんな後部席のやりとりにもまったく気がつく様子もなく、アレックは一人でマシンガントークを続けていた。
アメリアがアルウィスとアレックへのため息をそっと吐きながら、窓へ視線を戻そうとしたときだった。再び廃れた町が目に映る。ちらりちらりと、スラム街に住む住人たちも目に入り始めた。
ぼろぼろの服を身にまとい、凸凹の荒れた道をうろつく。彼らは酒を片手に愉快に談笑していたが、猛スピードで走る警察の車が通るとさぞかし迷惑そうな顔をして、中指を突きたてた。

――格差社会…アメリアは眉間に皺を寄せた。産業革命が起きてからというものの、この国は目覚ましく発展を続け、工業化を進めてきた。まだ盛んに普及してはいないもの、車までもが開発されるまでだ。
そして、外国の安い食糧輸入を頼ったために、ついには職を失った農民たちが都市に流れ込み、スラム街も勢いよく発展していった。
そして、工業化をますます進め、ついには何でも機械で生産するようになった。ハンドメイドという言葉なんて、最初からなかったことのように消えた。なんでもかんでも、機械で作る。もちろん、この車も、銃も、手錠も――そしてアメリアは、自分の腰に下げてあるサーベルに目をやった。
昔は一流のサーベル職人が作っていたこの誇り高いサーベルだって、いまは流れ作業で造られている。便利になった分、寂しくなったものだ、と、アメリアは思う。
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