Sky Caribbean

□ソラの記憶
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それが

ただ

あるようにあるだけ。

だから、俺は何も憎まない。


――そう、あの人は空のような人だった。



ソラの記憶。





「乾杯ハニー。」

快晴の、晴れ渡る空にワイングラスをかざす一人の男の姿が船の甲板にあった。
彼の髪は銀髪。その後頭部の一部だけ長い部分を束ねて、夕焼け色の船長服をはおっている。上唇の上の立派な髭が印象的だった。

「今日は機嫌がいいのかい。ハニー」

男は柔らかい笑みをたたえて、空に話しかけている。
びゅう、と風がふくと、彼は満足そうに目を細めた。


「…ちょう…」
「それにしてもハニー、台風は困るって、台風は!一昨日は本当にこまっちゃったよ。」

空に向かって話しかける男を、誰かが呼んでいる。

「船長!」
「かと思えばこんなに笑っちゃって…」
男はその呼び声も耳にいれず、空に話しかけていた。実に奇妙な光景である。

「俺は笑った君がだいす…」
「グランゼェエル船長ぉおぉおお!!!」

男は名前を呼ばれ、だるそうに振り向いた。
そこに居たのは、確かにグランゼールと呼ばれた男と同じ髪の色をした青年である。“ハニー”とは違い、機嫌悪そうに、彼は顔をしかめていた。

「そんなに声張り上げなくっても聞こえてるっつーの!何の用だローウェン!」

グランゼールは“ローウェン”に怒鳴り返した。
グランゼールがいたころのローウェンの目は、蒼く、空のような綺麗な目をしている。
しかし、銀髪は変わっておらず、グランゼールと同じく、一部だけ長い部分の髪を束ねていた。当時のローウェンの歳は、18歳ほど。まだまだ若い。


「せっかくハニーと話してたのに…!」
グランゼールはふっと、迷惑そうに笑った。

「ハニーハニーって…俺の祖母が空だとでも?」
呆れたように言い返すローウェン。
「あったりめぇよ!空賊はみんな空の子だ!
空はなあ、死んでいった仲間や、俺のハニーだっている。そして俺たち空賊の住処だ!だから毎日こうして会話する。わかる?」

ローウェンには分からなかった。
確かに、空賊は死んだら空に還るという。だから、空を見て死んでいった仲間に向かって話すのはおかしいことではないと思う。しかし、グランゼールの場合はちょっと違うのだ。


彼は空を憎んでもいいくらいの経験をした。
彼は空に、最愛の人を奪われたのだから。

グランゼールの妻、つまりローウェンの祖母は、雷が直撃して即死したのである。
彼女になんの罪も無かった。あまりに不運だった。
ローウェンの祖母は彼が生まれる前にその雷事故にあっており、ローウェンは自分の祖母を見たことが無い。

グランゼールは彼女を失ったとき、本当に悲しんだのだという。ほかの一味も、非常に悲しんだ。

「空があの人を殺したんだ!」

そう空に叫んで、空賊でありながらも空を恨んでやる、と叫んだ者も居た。
しかし、そんな中、グランゼールは言ったという。

空を恨むな、と。

俺達がここに居るように、空もただ、あるようにあるだけ。
雷も、ただあるようにあるだけだ。
だから何も悪くない。誰も悪くない。
何かを責め立てたところで、俺のハニーは帰ってこない。
何かを恨んでも、人は成長しない。前には進めない。俺はそう考える。

ハニーは、空に還ったんだよ。

そう言った。

しかし、そのときのローウェンにはそんなグランゼールの神経が分からなかった。
最愛の人を雷で打たれたのに、どうして空で生きて行けるのか…。


彼は強い。
ものすごくポジティブな思考の持ち主だ。ポジティブすぎて、困るほど。
しかし、そういうところがこのグランゼール一味の部下の評判を呼んでいる。だからグランゼールが自慢の船長だと、胸を張って言えるのかもしれない。
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