Sky Caribbean
□フレンチバッファロー
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レアンは“あの人”の方を見る。
クリスが居た。
クリスを確認し、またシリアの方に目を戻すと彼女は帆柱を隔てた、サカナ達がいる方へ移動している…いや、シリアは抵抗しているのだが、うまい具合に改造兵達に連れて行かれているというようにも感じる。
「さて、これで一対一よ。レイチャー。」
クリスが言った。
「そんな顔しないでよ、レイチャー。あなたは私を見捨てたんだから。恨みをもたれても当然なの。」
クリスが走り出した。レアンに向かって拳を向ける。
「クリス…っ!私はクリスを、迎えにいくつもりだった…!」
レアンはクリスの攻撃をかわしながら言う。
前回会ったとき、「全力で戦う」とか言ったのに、彼女を前にするとできない自分がいる。
「うそよ!」
クリスが踵を返して、怒鳴りかける。
「貴方の生存を聞いてから、私がどれだけショックを受けたかわかるの!?あなたに裏切られたと痛感した私の気持ちなんて…!」
そう怒鳴りながらまわし蹴りを仕掛けてくる彼女の目に、一瞬、涙のようなものが見えた気がした。それにあっけにとられた瞬間、頬に衝撃が走った。
転がりそうになるのを、手を床につき、体を支える。体制を持ち直し、蹴飛ばされた頬を抑える。忘れていた。彼女はカポエイラの天才だ。
「だから、私もあなたを裏切るの。」
「だから私を殺すのか。」
クリスは奥歯をまたぐっとかみ締めてレアンに向かってくる。
「信じてたのに…!」
彼女は、レアンの質問に答えず、そう言った。
―――さかのぼること六年ほど前の地中軍。
軍の談話室には軍人の群れが溢れかえっていた。
その軍人の中心にいるのは、金髪のきれいな顔立ちをした、ショートカットの女。髪型は今とはぜんぜん違うが、その顔だちは、明らかにレイチャーであった。
そして、レイチャーの向かい側の席に座るのは、ごっつい軍の男。彼の顔は明らかに傲慢そうで、ニヤニヤと笑っている。しかし、レイチャーもニタニタと口元に笑みをたたえている。
二人は、囲む歓声の中心で、手を組み合っていた。腕相撲をするようだ。
「レディー…」
組み合う拳の上と軽く抑えた軍人が二人の顔を見比べる。
「ファイッ!」
合図がかかった次の瞬間、なんと男のほうの腕が机に叩きつけられていた。一斉に歓声がわあっとあがる。
「くっそ!!」
男が賭けていた金を悔しそうに机に叩きつける。周りでも、レイチャーが勝つと賭けていた軍人達が、負けた男にかけた軍人から賭けた物を受け取っている。これが軍のゲームなのだ。
「さー!次は誰だ!?」
レイチャーは一番腕を組み、フーッと鼻息をもらして言う。
次々と立候補者が現れ、レイチャーに勝負を挑んでゆく。
「やーれやれ。」
その騒ぎの傍らで、二人の軍人がのんびりとチェスをしていた。
「よくやるねぇ。勝てるはずないのに」
一方の茶髪の男が言う。
「レイチャーって強いのなー。」
もう一方の黒髪の男が、チェスの駒を進めながら言う。
「さすがフレンチバッファロー。」
「なにそれっ!?」
茶髪の男の発言に黒髪の男が食いついた。
「あぁ?彼女の別名だよ。」
「へんなのー。なにバッファローって」
黒髪に聞かれた男は、少し面倒くさそうに説明する。
「陸が沈む前に、バッファローっていう動物がいたんだと。牛みたいな動物で、見た目はモーモー言ってそうな鈍そうなやつなんだけど、いざとなって天敵のライオンとかに襲われると、すごい強くてさ。ライオンも怪我することだってまれじゃなかったそうだよ。それで、レイチャーはフランスの血が強いらしくて、見た目上品そうでも本性あれだから…」
『フレンチバッファロー。』
ふたりは、同時にそういうと顔を見合わせて笑いあった。
「あはは!ぴったり!」
「なんだって!?」
黒髪の軍人のその言葉に、レイチャーがきりっとこっちを見た。
「え、いや、な、なんでもないです…」
茶髪と黒髪がドキリとして言うと、レイチャーは、そうか!と納得して、また腕相撲に戻ってしまった。
「ねえ、あいつ、中身も牛なんじゃね?」
「言うなよ。」
黒髪の言葉に、茶髪は小声で返した。