Sky Caribbean

□リーザー
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エレは走っていた。長い長い、船の廊下を。
そして、焦っていた。僕はまた、迷惑をかけてしまうと…





ロンドンが爆薬剤を混合しているところに、とてつもない勢いで入って来たのはエレだった。
いきなりだったので、ロンドンは驚いて、持っていた試験管を危うく落としそうになり、慌てて試験管を持ち直す。

「どうかしたのかい?」
ロンドンはエレに優しく問いかけたが、何故エレがこんなに焦っているのか分かっていた。

「り、リーザーが…」
エレの瞳が僅かに揺らぐ。
ロンドンは心の中でやっぱり、と呟いた。
「大丈夫、大丈夫。もういいよ。いつもの事じゃないか。」
ロンドンはかがんでエレの目線になり、エレの頭を優しく撫でてやる。
「そうじゃないんだお!今日は、今日はね…」
エレが何かを言いかけたときに、ロンドンの部屋の無線が鳴り響いた。ロンドンは鋭く無線の方へ振り返った。
無線の相手なんて、大体予想がつく。エレは、ビクンと体を震わせ、ふるふると首を振った。
「いないって、僕はここに居ないって…言って!」
ロンドンはそう言いながら怯えるエレに、大丈夫と告げると無線をとった。
彼は無線を完全に自分の耳元に当てずに、数センチ離した。こんな時、大体まず聞こえてくるのは怒鳴り声だから。
「どういうことだ、ロンッ!今回は逃げられん!」
「リーザー」
ロンドンは確かに、その怒鳴り声の主をリーザーと呼んだ。

「主語がないですよ。何が言いたいんです?」
彼はリーザーの対応になれているようで、落ち着いて彼をなだめる様に話しかけた。
しかしながらも、ロンドンはもう、半ばうんざりしていた。どうした事だろう。最近のリーザーといったら、血圧が高すぎるんじゃないのか?そして、この後リーザーは必ずエレの事を聞いてくる…

「象は…エレは…どこにいる!?そこに居るのか!?」
ほうら。
「居ません」
ロンドンがそう言ったとたん、リーザーは黙った。しーん、と少々の沈黙が流れる。

「リィフィッシュを…リィフィッシュに会わせろ…!言いたいことがある!」
リーザーは自身を落ち着かせたらしく、荒い息遣いは感じるが声のトーンを落としていった。何を言い出すかと思えば――そうおもいつつ、ロンドンは口を開いた。
「今日はあなたの機嫌が悪いでしょう。」
「お前らはいつもそうやって、リィフィッシュを私から離そうとする!会って話がしたいと言っているのだ!」
ロンドンはさらに無線から耳を離した。ふと、横を見るとエレと目が合った。

「限界だお」
「え?」
「あわせお(よ)う。サカナを、リーザーに。」
ロンドンの目が見開いた。
「それはまずいんじゃ…」

「リーザーに隠し事は無理だお。」
「サカナの身に何かあったら?」
ロンドンは無線を遠ざけ、小声でエレに言った。機嫌の悪いリーザーは何をするか分からない…

「サカナなら、大丈夫だ…」
そう言いきったエレの目は、落ち着きを取り戻していた。
ロンドンは少しばかり戸惑ったものの、リーザーの怒鳴り声が漏れる無線を耳元に戻す。
「…了解しました、リーザー…リィフィッシュを連れて行きます」
ロンドンが告げた後、リーザーは無言で無線を切った。ブチッという音までも彼の声に聞こえてしまう。



「ごめんね…爆弾卿…」
エレはしょんぼり俯いて謝った。
ロンドンは、リーザーに怒鳴れて落ち込んでいるエレを幾度も見てきた。本当はエレが謝る必要なんてない。エレはサカナの事を思って取った行動なのだから。

「だから、爆弾卿じゃなくて、ロンドンでいいってば。」
エレは申し訳なさそうにロンドンを見上げる。
「エレと私は、リーザーのお世話がかりでしょ?全く、困った人だよね。ほんと。」
そう言うとエレに“いつもの事だよ”とニッコリ笑った。
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