Sky Caribbean

□空賊
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「船長、どうやら失敗です。いま何とか脱出したところです。」
機関銃を持った一人の男が、緑の短い草で覆われた小島の上、で無線にむかって話していた。彼の目線は大海原。遠くに地平線が見えるだけだ。




少年は、扉を押し開けた。地下でコアが言った言葉を脳裏で繰り返しながら。

―――いいか?リィ、扉を押し開ければ、僕らの勝ちだ。地上に出られる。追い手も地上には出られないからね。扉を、あけたら僕らが夢見た空がきっとあるんだ―――

何故か、涙が流れない。コアの“死”が受け止められない。いや、コアの死を確認したわけではないのだ。99%殺されたとしても、生きているという1%の可能性が、あるのならば……
じんじんと流れる血液の音がする。ふと目を上げると、感じたこともない強烈な光に驚いた。少年はぐっと目をつむり、片手を翳して光を遮りながら這い出した。

本当に地上へ出たんだ…

少年は、初めて草の上に座り、太陽の光を浴びて初めてそう思った。ゆっくり目を慣らしてから、少年は空を見上げる。コアと一緒に見るはずだった“本物”の空を。こんなに綺麗なものが、今まで地下にあっただろうか。地下にあるのは、市民の悲鳴とデモ隊の非難の声、それを止めるために為される攻撃の音。そして血の臭いや腐敗臭。

それとは、逆に地上の空気は澄んでいて、空はぐるりと巡り、地球は丸いのだと、改めて自分に教えてくれている気がした。
駆け抜ける風は少年の頬を撫で、髪を扇ぐ。自然の風を初めて感じる。地下では感じることのできなかったその爽快感とは裏腹に、たった今、取り残してしまったコアへの思いが少年のこころにしこりを作っていた。

どこまでも続く海原。その先で空と海が一緒になっている地平線が見えた。ぐるり、と、自分が居るちいさな浮き島の周りは海に囲まれていることを理解した。

脱走しても、ここから動けないのでは意味がない。はやり、地上の人間は滅びてしまったのだろうか…。
そんなことを考えているときだった。

「おい。小僧」
後ろから男の声がした。

思いにふけっていた少年は、慌てて振り向く。
見れば、身長の高い大男が立っていた。手には機関銃が握られている。濃い赤茶の髪をしており、頭に赤い布を巻いている。それは、本で見た、海賊のような容姿だった。そして、印象深い顔の傷…。人相の悪いその男は、少年を見下ろして首を傾げていた。

少年は警戒した。この男が何者なのか、この男は自分の追っ手なのか。それとも見方に当たるのか。まずそれを知ることが必要だった。
しかし、そんな少年の警戒心とは裏腹に、男の口から飛び出した言葉はとんでもなく能天気な言葉であった。

「おかしいなー。どこから入ってきたんだお前。この小島、俺しかいなかったはずだ。泳いできたのか?まっさかなあ」
男は一人で話を進めて笑っている。

「地下、から…」
少し後ろに後退しつつ、少年はようやくそう口にした。大丈夫だ、容貌からして、軍人じゃない可能性が高い、大丈夫だ、と何度も自分に言い聞かせて。
「なるほど“地中人”か。一人できたのか?度胸あんだな」
そう言ってニタニタ笑うこの男は、本当に軍の関係者ではないらしい。

「いえ、二人です…でも、もう一人は、多分…」
少年が目をそらしてそう言うと、男は「そうか…」と呟いた。
この人は軍人じゃないだろう、という安堵の反面、少年の脳裏に今さっきの惨劇が蘇る。

「そうだよな。味方もなんにもいない状況ほど、辛いもんはねぇさ」
男の言葉に顔を上げる。丁度、男は少年の目線になるためにしゃがんだところであった。それに驚いて、少年は座ったまま手を突いてずるずると後ずさる。
「お前――」
男が何か言いかけた時だった。少年は男の背後の景色に、信じられないものを目にする。

少年が見たものは、白い小柄な船である。それにはどう見ても地下世界で忌み嫌われている、あの軍の紋章がついていた。
しまった、先回りをされていたのかもしれない。やはりこの男は軍人だったのか。すんなり信じて口を滑らしてしまった――少年の鼓動は早く波打った。

少年の驚いた顔に気がついたのか、男が立ち上がり、後ろを見る。
「来た…!」
そして、嬉しそうに目を見開いてニタァ、と笑ったではないか。彼は突然、機関銃を撃ち出した。向こうも二人で撃ち返してくる。地中の軍服のデザインが違うが、その軍服にはしっかりと軍のマークがついている。

耳をつく、機関銃の音。
突然の銃撃戦に、少年は目の前の赤い男に頼るしかなかった。放りだされた、そのなにも分からない地上で突然訪れた修羅場。どういうことだ…その言葉が、幾度も頭のなかでぐるぐると渦巻く。


「グッドタイミングですぜえ、船長!」
唖然としている少年の目の前で、傷の男は急に空に向かってそう叫んだ。何事かと思い、少年もまた男にならって上を見る。

少年の瞳に、またもや信じられないものが飛び込んできた。
大きな空飛ぶ船が、真上に来て彼らの視界を覆う。低い、エンジンの音。風車のごとく回転する回転翼。
(あれは…)
少年はコメカミから首筋に、だらりと冷汗が流れるのを感じた。

「キタッ!弾切れ!」
男が言った。まるで、このときを待っていたとばかりに。それでも、この修羅場で弾切れとは大問題である。
「た、弾切れって…!」
少年がそう青ざめたときだった。

軍の船に目をやると、軍人達は見当たらない。
「よっしゃ!」
赤髪のその男は、空になった銃弾を捨てながら、軍の船を見て笑った。

腰を抜かして座り込んでいた少年は、赤髪頬傷のその男に手を引かれてようやく我に返った。
だらり、と船からおもむろに梯子が下りてくる。男はがっしりと梯子を掴んだ。

「これといった収獲はなかったが、船長に良い手土産ができたな」
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