酷く重い沈黙がお互いの間に流れていく。
元々無理な会話をしてまで沈黙が苦手という性質ではなく、どちらかと言えば然して嫌いではないのだが、問題はこの空間に流れる剣呑極まる雰囲気。

「………」
「………」

寒さに滅法弱い三成だが贅沢と無駄が嫌いな為に火鉢など早いと、火を入れる事を拒んでいたものの、何とか左近が説得して火鉢を用意したのが、一刻半前の事。
炭の焼ける静かな音ですら聞き捉えてしまいそうな静寂、否、重い重い沈黙。
向かい合う二人の間には表書きに清正の名が記された文が一通。
それも文の上部が赤く紅を塗ったように染められたものであり、天紅と呼ばれる巻紙は、どこから送られてきたのかなど詮索する必要もない。

「俺に遠慮せず読めば良かろう」

沈黙に耐えかねて、というより辟易として紡がれた言葉に清正の肩が揺れた。
この文、表書きの通り清正に宛てられたものであり、送り主は花街に住む妓からのものである。
事の発端と言えば、朝議の後に秀吉から呼び出され、昨晩行った妓楼から渡して欲しいと頼まれた、と清正へと手渡されたものだ。
天下人である秀吉に遣いを頼むなど恐れ多い事だが、女好きであり況してや妓の頼みを断るような無粋を、遊び慣れた秀吉がする筈もない。
数多の因果が組み合わさったように、文はこうして違う事なく清正の手元に渡る事となる。
意地悪く緩んでにやけた口許で脇腹を突きながら、隅におけんのう後で詳しく聞かせてくれと囁かれて、懐へ文を押し入れられた。
予期せぬ事態、天紅文が送られて来ただけでも驚くというのに、まさかそれを親代わりであり敬愛する秀吉から渡されるとは。
思考が全く動かず硬直したまま立ち尽くす清正と、悪戯が成功した童子のように笑みを浮かべていた秀吉だったが、天井から現れたねねに何やら問い詰められる。
その手には清正と同じ天紅文が握られており、夜遊びに勘付いたのか問答無用の尋問とお説教を受けていた。
しかし容赦のない現実は更に追い打ちを掛け、天紅文を渡されたところを正則に目撃されていたらしい。

「マジかよ!どこの美人引っ掛けたんだよ、清正ぁ!!」

羨望と嬉々の混じった大声は、最悪な事にその場にいた恋人の耳に届いてしまい、絶対零度の視線を貰う羽目になる。
これが悋気ならば可愛いところもあるのだと思えるが、視線からして悋気ではなく、完全なる軽蔑だった。





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