左三
□遊君
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この日、佐和山城筆頭家老・島左近は青く晴れた空に不釣り合いな、どんよりとした表情を浮かべていた。
原因は主である、あの我儘お姫様ではなく眼前にいるこの男、
―――直江山城守兼続である。
「…ですからね…、何を仰っているのか、いまいち理解に苦しむんですが…」
「何!?島左近ともあろう者が理解できぬと言うのか!!」
――…できません…。
再び深く俯き、何やら眩暈のする頭を抑えた。
経緯はこうである。
朝、定時通りに目を覚まし、井戸で顔を洗い、身仕度を整えて朝の弱い三成を起こしに行こうと振り返ればそこに兼続が立っていたのだ。
そして彼は左近にずいっと右手を突き出し、こう告げた。
『髪の毛数本か、爪を少々戴きたい』と。
「減るモノでも無い、ほんの少し位良いだろう?」
「いや、両方とも確実に量は減ります」
大体、髪と爪なんて物騒な。
思い当たる要素は只1つ。
悪い冗談だと思いたいが、兼続の懐からちょこんとはみ出した藁人形が全てを物語っていた。
「決して悪い事には使わないぞ?ただ少し――…」
ふっ、と口元に笑みが結ばれる。
「呪ったり呪ったり呪ったりするだけだ!!」
「余計に渡したくありませんよ!しかも悪い事に使う気満々じゃないですか!!」
「何!?正直に話したというのに受け入れられぬとは何と言う不義!!」
「朝っぱらから煩い!!」
スパ―――ン!!と小気味良い音を立てて襖が開き、現れたのは佐和山城主・石田三成。
端正な美貌を持つその顔は普段に増して眉間の皺が深い。
「三成!!寝起き姿も麗しいな!さぁ、朝の抱擁を―――」
両腕を広げて三成に迫った兼続は、骨と肉のぶつかり合う痛々しい音と共に綺麗な弧を描いて宙を舞った。
「貴様には言葉が通じんのか。俺は今煩いと言ったのだ!朝からデカい声を出すな!」
握り拳を作ったその腕は、白く細いが秀吉を片手で持ち上げると云う力技をやって退けた恐るべき力が秘められている。
「……殿、お早うございます…」
「ん?あぁ…左近、この騒ぎは何だ。お前には言葉が通じるな?」
ピクリとも動かなくなった兼続を一瞥し、左近へと近付く。
それだけで三成を纏っていた険しい雰囲気が緩く和らぐのは気の所為などではない。