愛され三成

□雪合戦
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数日間に渡りしんしんと降り続けた雪は、大阪の地を雪白へと染め上げた。
数十本の梅の木も桃や桜も、全てが雪に覆われている。
久方ぶりの陽光が雪白の世界を照らせば、七色の光が輝く様は酷く美しい。

天守楼から外の世界を眺めていた半兵衛は書状に目を通している官兵衛と三成へ向き直った。
難しい顔をしたまま二人が目を通しているのは諸将からの陳情や不満の訴えが連なる書状である。
天下泰平となれど、全てが安泰になると甘い理想を三人は抱いてはない。どこかしらで何かあるだろうと踏んでいたが、状況はあまりにも悪いようだ。

「官兵衛殿も三成もさー、難しい顔したって解決しないものはしないんだから」
「……半兵衛、」

咎めるような低い声音にも全く気にした様子は見せず、溜め息を一つ零すと書状を取り上げる。
つらつらと書かれた陳情や訴えは、その多くが武を揮ってきた武将達だ。
戦無き世となってしまえば、彼等の特性である武を揮う機会が失われていく。それを不服とし、存在意義を欲しいと訴えたのだろう。
正に、泰平だからこその弊害でもあった。

「ですが、」

豊臣の天下に不満など、と抗議を口にしそうな三成を片手で制すと、人差し指を突き付ける。

「三成も。そんな事ばかり言ってるから清正や正則に頭デッカチなんて呼ばれるんだよ。人が生きてる限り不満なんて消えやしないんだからさ」
「………」

元より綺麗な理想論を展開し、それを最上とする三成にすれば嫌な言葉だろう。しかも、秀吉に仕える軍師から言われれば尚更だ。閉口した三成と、眉宇を寄せる官兵衛に構わず、外へと視線を移した半兵衛は、眼前に広がる雪白の世界に笑みを浮かべる。

「俺、やっぱ天才かも」

口の端を上げる様は、良からぬ事を考え付いた時のようで。
嫌な予感を感じ取った官兵衛は眉間に更なる深い皺を刻む。

「この不満や陳情を一気に解決できる方法が一つあるよ」

ひらひらと書状を弄びながら、半兵衛は唇を開いた。





豊臣家の二軍師を前に、広間へ集まっていた諸将は呆然としている。その手には書状があり、書かれている内容は大概同じようなものであった。

「ちょ…!半兵衛さんってば、これマジでやんのかよ!?」
「勿論。ちゃんと秀吉様の許可は取ってあるし、皆身体を動かしたかったんでしょ?」

身体を動かす機会が欲しかったのは確かであるし、書状に書かれた通りならば、一番の勲功を働いた者には秀吉直々に褒美が出るという。しかも、何を欲しても構わないという大盤振る舞いである。
―――但し。

「雪合戦なら平和的に戦えるんだから!」


そう、雪合戦で。


半兵衛と官兵衛によって二手に分けられた軍で勝利を目指し、勲功者には褒賞まで与えられるとなれば、戦とそう変わるものではない。
少々、武器が雪玉に変わっただけだ。

「それに、褒賞は何でもいいんだよ?」

魅力的な言葉であるには間違いがない。
小さくざわめく諸将を前に、半兵衛の口の端が釣り上がる。嫌な予感を感じ取った官兵衛は僅かに眉宇を寄せた。

「―――人、でもね」

剣呑な言葉に、小さくざわめいていた空気が一気に静まり返る。
言わんとしている事は深く口にせずとも伝わったらしい。

「秀吉様直々に言われたら、絶対反対しないよ」

誰を、とは言わずともいい。
普段から融通がきかず、手に入れるのが困難で、秀吉に滅法弱い人間など一人しかいない。

「その言葉、嘘偽りはないな?」

声を上げたのは奥州より参じた伊達政宗。
野心家と囁かれるだけあり、隻眼に宿る光は剣呑なものを帯びていた。その笑みを受けても、半兵衛はにこやかな笑みを消さない。

「当然!―――好きにできるよ」

半兵衛の放った言葉に、一度だけ空気がざわめき、揺れる。

「ここまでして下さるというなら、乗らぬ手はありませんな」

穏やかな口調の中に欲を潜ませながら家康が賛同し、後は釣られるように周囲からも諾の言葉が飛んできた。勿論、その目に宿る欲望の数々に、官兵衛は額を押さえる。

「……その為の二人か」
「さっすが官兵衛殿!気付いた?」
「死人が出る」
「その為の雪玉、だよ」

鉄や鉛では大怪我だが、雪ならば多少の打ち身で済む。
にこやかな笑みを浮かべる半兵衛に、官兵衛は手にした組み分けされた諸将の名前へ視線を落とす。

「…火種だ…」

小さな呟きは半兵衛の音頭で上がった鬨の声に掻き消された。
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