8059・その他

□ありがとう
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誕生日なんて。

そりゃあ、それなりに特別な日だとは思っていたけど。


こんなにも、心から。

生まれて来て良かった、って思えるのは。

やっぱり今年の誕生日はいつもと違う。

お前が、側にいるからだろうか…。



【ありがとう】


4月23日。

午後11時40分。

明日も朝練だからと、布団に入った俺の。

携帯が、鳴った。


寝る前にはいつも、サイレントモードにして。
音が鳴らないようにしているんだけど。

どうやら今日はすっかり忘れていたみたいで。


少し離れた充電器の上で、俺を呼んでいた。


俺に電話やメールをして来る奴なんて、並中の生徒以外は有り得ない。

だから別に、明日学校に行って、“悪い、寝てた”ってそれで許してくれるだろう。

そう思って音を立てる携帯を無視して、眠りにつこうとしたのに。



鳴り止まない。


設定を変えるのが面倒で、みんな同じ着信音。

だから誰から、なんてディスプレイを見ない限り分からないけれど。

あまりにもしつこく鳴るもんだから、これはよっぽどの急用じゃないのかと思い、音の元へと体を進めた。

手にした携帯。

そのディスプレイに表示されていたのは…。


「獄寺?!」

愛しい、そいつの名前。

俺は慌てて通話ボタンを押して、耳に当てる。

聞こえて来たのは、少し不機嫌そうな獄寺の、声。


「…ったく、早く出ろってんだ…野球バカ。」


ごめんごめん、と謝りながら、やっぱり獄寺の着信音だけは変えなくちゃいけないな、と思う。


“着信音2”にするか。
それとも何か、獄寺が好きそうな音楽にするか。
一層のこと、獄寺の声を録音してしまおうか。


色んなアイデアが脳裏によぎり、1人で少しにやけていると。


「…ぃ、おい、聞いてんのかよ!」


電話の向こうの獄寺が、大きな声を出した。


「ごめん、寝ぼけてた…。」


にやけ顔のままそう答えると、獄寺はだから、なんて口ごもって。


「ちょっとだけ…、話いいか?」


小さな声でそう言った。


「獄寺…?」


その声が少しだけ、いつもと違うような気がしたから。


俺は何かあったんじゃないかと心配したんだけど。


その後繰り広げられた会話は本当に、くだらないくらいいつもと同じで。

今日放送されてたテレビのこととか。
獄寺の“今日の10代目”とか。


ただ1つ違っていたのは。
いつもなら、俺の方がしつこいくらい話をするのに。

今日は何故か、獄寺は俺に話をさせまいとしているように。

次から次へと言葉を繋いだ。


そうして、暫く…と言っても20分くらい話をしたところで。

今まで湧き水みたいに次から次へと話を続けていた獄寺の声が。
急に聞こえなくなった。

「獄寺…?」

あまりにも突然だったから、俺は本当に今度こそ何かあったんじゃないかと思って、様子を窺ってみる。

もしかしたら、電話が切れてしまったのかもしれないと思って、もしもし、も続けてみた。


「…おい、野球バカ。」

「え?」


そしたら次に聞こえて来たのは、妙に改まった獄寺の声で。

そんな声、久しぶりに聞いたな、なんて思ったのと同時に。


「…じゃねぇな…今日は…。」


そう獄寺が呟いた。


そして。



「やま、もとたけし。誕生日、おめでとう。」








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