D*H

□4月の魚
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Pesce d'Aprile

日本では、エイプリルフールと言うらしいけれど。


つまりは。

嘘をついても

許される、日。


それが恭弥に通用するかは、分からないけれど。


【4月の魚】


4月1日。

今日は平日。
ではあるが、日本の中学生は春休みという長い休日の真っ最中らしい。

俺の恋人、雲雀恭弥も例外ではなく。
いつもなら、風紀委員の仕事だなんだと学校に赴いている彼も今日ばかりは休みだそうだ。

理由は簡単、というかなんと言うか。

今日、この並盛に、桜の開花宣言が出たらしいのだ。

サクラクラ病は完治したのだが。
今でも桜の花を見ると体が疼き、気分が悪くなるらしい。

その背景に、六道骸の存在がいることは明確なのだけれど。
自尊心の強い恭弥は、全く持ってそのことを認めようとはしない。

いや、この事実を俺が知っていることを。
もしかしたら、恭弥は知らないのかもしれないのだが。

“とにかく気分が悪いから今日は家に居る”

会いたい、と電話を掛けても、今日はその一点張りで。

それならば、と。
俺は恭弥の家に向かうことにした。


そこまでして、キャバッローネファミリーのボスである俺、ディーノが恭弥に会う理由。

勿論、好きだから、なのだけれど。

どうしても今日、会わなければならない理由が俺にはあった。
くだらない、と言ってしまえばそれまでではあるのだが。

今日は4月1日。

Pesce d'Aprile

日本では、エイプリルフールと言うらしいけれど。


つまりは。

嘘をついても

許される、日。



そのルールが恭弥に通用するかどうかは分からないけれど。
今日は。

トンファを喰らう覚悟を持ってしても、実行したい嘘があった。


“別れよう”

勿論、そんなつもりなど更々ないのだが。
この一言を発した後の、恭弥の反応がどうしても見たくなってしまった。

分かった、と了承されてしまうだろうか。
嫌だ、と泣いてくれるだろうか。

そのどちらであったとしても、俺はその後、嘘だよ、と言って恭弥を抱きしめるつもりでいる。


桜のせいで機嫌の悪い恭弥からは、もしかしたらすぐにトンファが飛んで来てしまうのかもしれないけれど。

それでも、いい。
また、新しい恭弥を見ることが出来るのなら。


そんなシミュレーションを頭の中で描きながら、俺は恭弥の自宅へと足を進める。


辿り着いたのは、とあるマンションの一室。
なかなか、自宅を教えてくれなかった恭弥が、やっとのことで教えてくれたこの場所。

聞けば、両親共にここ並盛からは少し離れた場所に住んでいるらしく。

中学生だと言うのに、恭弥は一人暮らしをしているらしいのだ。

そのことを始めて耳にした時に、一層のこと恭弥と一緒に住んでしまいたいと思ったのだが。
俺はイタリアンマフィアのボス。
恭弥にまで危険が及んでは大変だと、そうするのをやめた。

扉の横に設置されているインターホンを鳴らす。
ピンポーンという機会音が鳴り響き、その部屋の主を呼ぶ。

しばらくその場に立って待てば、目の前の扉が開き、部屋の主、恭弥が現れた。
それはそれは、不機嫌極まりない顔で。


「…なんなの、あなた。」

今の今まで寝ていたのだろう。
その白い体は黒いパジャマを纏っていて、少しばかりの寝癖がついている。
黒い瞳は重い瞼によって半分ほど、閉じられていた。

「どうしても今日、会いたくてよ。来ちゃった。」

さながら、可愛らしい女の子のごとく。
微笑んで見せれば、恭弥はすぐさま眉間に皺を寄せ。

ドンっという音と共に、扉を閉めてしまった。

「…待て!恭弥…!!大事な話があるんだよ!」

そんな恭弥を呼び止めるよう、少し声を張り上げて呼べば。

目の前の扉は再び開かれ。
入れば、という恭弥の声に応じその場所に足を踏み入れた。


そうして、何もない部屋の中にあるベッドに腰掛ける。

「で?何、なの。話って。」

恭弥はと言えば。
少し離れた場所に置いてある唯一とも呼べる椅子に座り。
こちらを見ながら、そう尋ねた。

「いや…あのな…。」

俺は急に下を向き。
口篭もる。

…フリをする。

表情を深刻なものへと変化させ、再び恭弥の方を向けば。
その変わりように驚いたのか、恭弥の顔が少し強張った。

「何。」

俺の演技は成功したのか、恭弥は恐る恐るといった様子で口を開く。

その瞬間。
俺は、今日の目的を果たすべく。

更に深刻な顔を作り。

「…別れて…くれないか?恭弥。」

そう、言葉を発した。



次に飛んでくるのは。

承諾の声か。
否定の涙か。
それとも、怒りのトンファか。

そのどれであっても良いように、俺は少し身構える。

そうして、少しの沈黙が続いた後。

否。
沈黙が終わることはなく。

どれだけの時間なのだろう、随分と長い間。

恭弥は、そのまま。
1ミリたりとも動かなかった。

椅子に座ったまま、俺を見つめ。
その黒い瞳は確かに何かを写しているはずなのに。

まるで何も見えない、といったように動かない。

魂を失ってしまったかのような恭弥の姿は、俺の目に焼きつき、離れない。



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