D*H

□seven or seventeen
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俺はマフィアのボスだ。

今更、犯罪なんて怖くもなんともねーが。


だけど。

これ、だけは。

この罪だけは。


【seven or seventeen】


「恭弥、朝ご飯出来たぞ。」

朝、と言っても、もう殆ど正午に近い時刻。
俺は自ら調理した味噌汁を片手に、ベットに横たわる恋人の起床を促す。

ジャポネーゼらしい、黒い瞳が開かれるまでには少しばかりの時間が掛かったが。
眠い目を擦りながら上体を起こした恋人は、すぐに着替えに取り掛かる。

黒い寝巻きのボタンを外し、クローゼットに掛けてあったシャツに腕を通す。
きっちりとボタンを閉めると、襟を正し。
シャツと同じくクローゼットに掛かる黒いズボンに足を通せば、身支度の完成。

俺はその間に食卓に朝食を並べ。
恋人が椅子に腰掛けるのを待った。

「あなた、今日仕事は?」

席に着くなり、俺の顔を見つめながら恋人、雲雀恭弥は俺に尋ねる。

「今日は一応休みを取ってる。まあ、あの書類には目を通さなきゃなんねーんだけどな。」

そう言って、俺は床に無造作に置かれる書類を指差す。
その先にある書類を横目で確認し、恭弥は味噌汁を口に運んだ。

「和食、上手くなったね。」

一口ほど飲んだ後、恭弥は笑顔で俺に言う。
俺にしか見せないその笑顔は、酷くきれいで。
そんなことを考えるたび、俺も心底惚れてるなと思う。

「そりゃあ、お前。これだけ毎日作ってりゃな。」

キャバッローネのボスにこんなことさせるなんて、お前くらいだ、と俺が笑うと。
恭弥は、それが僕の権利でしょう?と答えた。

恭弥と出会ってもう、10年。

本当に色んなことがあり、今でもその1つ1つはまるで昨日のことのように鮮明に思い出せるのだが。

この俺が、キャバッローネファミリーのボス、跳ね馬のディーノが、中学生のそれも男に惚れた事実だけは今でも俄かには信じがたい。
それに相手は戦闘の家庭教師をした際の生徒。

初めはまさか、こんなことになるなんて考えもしなかった。

それなのに。
いつの間にか、俺は恭弥の持つ何かに惹かれていて。
気持ちを伝え、愛を育み。
そうして、一緒に住むまでになってしまった。

キャバッローネのボスと、ボンゴレの幹部が一緒に住むだなんて。
言語道断な話ではあるのだけれど。
いかんせん、ボンゴレの10代目ボスはあの沢田綱吉。

その寛大な心でこの事実を受け止め、了承してくれた。

「恭弥は?今日、仕事だよな?」

昨日尋ねた話によると、今日の恭弥の仕事は午後からで。
例によって、ボンゴレのシマで悪さを働く奴らを始末しに行くらしい。

「これ、食べたら行くよ。」

10年前のあの頃に比べたら、随分とおとなしくなったように思う。

ボンゴレの幹部としての役割をしっかりと果たしていて。
孤高の浮き雲ならではの関わり方ではあるけれど。
ボンゴレのほかの幹部達とも、時々は連絡を取っているらしい。

尤も、幹部会などには“群れたくない”という理由だけで、出席はしないらしいが。



早々に食事を済ませ、恭弥はズボンと同じ黒のジャケットを羽織る。
そうして、またも黒いネクタイを結べば、その格好はまぎれもなく、マフィアのそれ。

とてもではないが、サラリーマンには見えないその格好は、少し細身の恭弥に良く似合い。
たとえ色眼鏡でなくとも、きれいだと万人に言わせてしまうだけの魅力はあるように思える。

そんなことを本人に言えば、その懐からトンファが飛んで来るのは目に見えているから、決して口には出さないけれど。
それでも、俺は本当に最高の恋人を手に入れたと実感せざるを得ない。

「それじゃあ、行ってくるね。」

まだ朝食を食卓に残したままの俺の横を通り。
恭弥は俺の顔を見もせずに、部屋を出て行こうとする。

そんな恭弥の腕を取り、こちらに向かせた俺は。

恭弥の額にそっと、唇を落とした。

「いってらっしゃい。」

顔を真っ赤にさせたまま、恭弥は無言で走り去り。
今度こそ本当に、俺の顔を見ずに出て行ってしまった。

「ほんと、そういうところは変わんねぇよな。」

10年の月日を持ってしても、恭弥の意地っ張りぶりは群を抜き。
今だに、素直になってはくれない。

人は、それで愛されてると言えるのか、なんて口にしたりもするけれど。
それでも、恭弥なりの愛情表現を日々感じるのだから、まるで不満はない。

それに。
7つも年下の恋人とここまでやって来れた秘訣は、そこなのかも知れないと考える。

相手に多くを求めず、ただ側に居ることを幸せと感じる心があるから。
きっと、お互い、ここまで思い合えたのだろう。

小さくなっていく恭弥を見送り、部屋へと戻った俺は朝食の続きを取る。
恭弥と共に暮らすようになって、朝食は専ら和食。
最初はその味に少しばかりの違和感を感じたものの、慣れてしまえば美味いもので。
いつの間にか定着した、俺が朝食を作るという行為にも磨きがかかり。
自分で自分を褒め称えたい程、料理の腕前も上がったように思う。

そんなことをぼんやりと考えながら、今日の予定を頭に思い描く。

とりあえずは、積まれた書類に目を通さなければならない。

このところ、他ファミリーの動きが実に活発で。
様々な方面からの報告を良く受ける。
その1つ1つにどう対応すべきか、策を練らなければならないのだ。

きっと、1人では手が回らないだろうから、追々ロマーリオをこの自宅へ招くことになりそうではあるが。

一先ずは、1人で出来るところまでやってみようと心に決めた、その時だった。

ピンポーンと、玄関のチャイムが鳴り。
客人が訪れた。

確かにここは普通のどこにでもあるようなマンションルームだが。
この階は全て、キャバッローネが買い取ってあるし。
他の住人も、ボスとは知らないまでも、ここにマフィアが暮らしていることは承知しているはずである。

そんな部屋にわざわざ尋ねに来る客人など、限られている。
キャバッローネの人間か、ボンゴレの人間か。

それにしても、大抵は訪れる前に電話の一本も寄越すものなのだが。

こんな風に。
突然に客人が訪れたのは、本当に。
ここに住みだして以来、初めての出来事だった。

「誰だ?」

一応は、キャバッローネのボスの身だ。
慎重深く、客人を覗う。

尤も、ここへ来るまでの道のりにはキャバッローネの幹部がいるはずであるし。
怪しい者なら、既に捕らえられているはずだが。

「俺です。ランボです、ドン・キャバッローネ。」

返って来た予想外の答えに、俺は戸惑ったものの、その少し懐かしい名前に笑顔がこぼれた。

「ランボ!お前、久しぶりだなー。」

振り返ればここ1年。
このランボと顔を合わせてはいない。

ボンゴレに赴く用事は何度かあったものの、生憎ランボを見かけることはなく。
気がつけば、それだけの月日が経っていたのだ。

しかし。
この年齢の人間の成長はすさまじいものだ。

しばらく会っていないとはいえ、たかが1年。
それなのに。

「…でかくなりやがって…。」

急激な身長の変化は、あの頃の、出会った頃の恭弥をも思い出させた。
あの頃の恭弥も、少し会わないだけで成長を遂げ。
その成長をずっと側で見守ることの出来ない自分に、少し腹を立たせたこともある。

そんな思い出を思い出しながら、俺はランボを部屋の中へと招き入れ、
今しがた自分が朝食を取っていたテーブルに座らせると、カップにコーヒーを入れて差し出した。

「お気遣いなく。」

まるでジャポネーゼのように、言葉を発したランボは少しの笑顔を見せ。
そして、早速本題を、という言葉と共に、数枚の書類を取り出した。

「どうしたんだ?連絡もなく。」

突然訪れたことに疑問を浮かべながら、俺はランボに尋ねる。

すると、ランボは何かを企むような表情を見せて。
これを見て下さい、と書類を差し出した。

「興味は、ありませんか?」

その様子から、俺はそういうことか、と悟る。

「いくら欲しい?」

その書類に記された項目に、俺が食いつくと確信を持ってここへ来たのだろう。

小遣い、欲しさに。

全く、ボンゴレの幹部とは言えまだまだ思春期の子ども。
そういうところは、ずる賢いというかなんと言うか。

ツナに言えば、一髪で怒られると思ったんだろう。
その次に俺のところに来るあたり、頭はキれると関心させられる。

「さすが、ドン・キャバッローネ。ちょっと…新しいスニーカーが欲しくなりまして。」

スニーカーくらい、ボンゴレから支給される給料で買えばいいものを、と思ったが。
随分前に、ツナが話していたことを思い出す。

“ランボはね。まだまだ子どもでしょう?
だから、給料はやっぱりお小遣い程度かなっと思ったんです。
あんまり若い内から、たくさんお金持っててもロクなことにはならないだろうし。
只でさえ、こんなマフィアの世界に、あんな小さな頃からいたんですよ?
お金の節約方法くらい、普通の人並に学んでもらわないと。
勿論、ランボに支給する給料だけ額が低いんじゃ不公平ですからね。
ランボに手渡す残りの給料は、俺が貯金しておきます。
それで、いつか。ランボが成人した時にでも渡そうと思って。”

思えばツナは最後まで。
ランボをファミリーに入れることを躊躇っていた。

それは勿論、戦力にならないとか、そういう理由ではなくて。
まだまだ子どもだから。

危険な目には合わせたくなかったのだろう。

それでも、ランボだって立派なボンゴレの守護者なのだからそういう訳にも行かず。
考え抜いた結論が、“任務以外は出来るだけ、普通の子どもとしての生活をさせる。”というものだった。

だから、ランボはボンゴレの幹部でありながら普通の学校にも通っているし。
それなりに、勉強もさせられている。
任務も本当に困った時以外は回さないように気を配っているらしい。

それが。
仇となっていることを、俺もそろそろツナに伝えなければ、と思う。

ボンゴレの幹部とは言え、元々はボヴィーノファミリーの人間。
根っからのマフィア気質。

ツナが金を与えないことにより、ランボはありとあらゆる手を尽くして、金をかき集めている。

そう。
今回のように、ボヴィーノ秘伝の様々な武器を売り歩いて。

「で?どうしてお前は、これを俺に売ろうと思ったんだ?」

書類に記されているそれは、本当に興味深いもので。
スニーカーほどの金ならば、すぐにでも払ってしまいそうな代物だった。

「なんとなく、ですよ。だって、あなたは変態、でしょう?」

こんな子どもにそこまで言われて、少しは言い返すべきだったのかもしれないが。
思考は全くその通り、変態なのかもしれないと思い、何も言えなかった。

「それじゃあ、これがその薬です。10年前のあなたには、俺が適当に説明しておきますので。どうぞ、お楽しみ下さい。」

財布から現金を取り出し、ランボに渡すと、俺はそれを受け取る。

“10年丸”

ボヴィーノファミリーが新たに開発した薬らしい。

ランボの持つ、10年バズーカの性質を利用したもので。
飲めば1時間、10年前の自分と入れ替わることが出来るそうだ。

10年前の恭弥に会いたい。

そんな理由だけで、これを買ってしまった俺は、キャバッローネのボスとしてどうなのかとも思うが。
今日の仕事は休み。
書類は…そうだな、ロマーリオの他に数人部下を呼べばなんとかなるだろうと考えて。
その、10年丸を口に入れた。



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