8059・その他

□もしもの話をしよう
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【もしもの話をしよう】


「つなせんせえ、さよーなら。」

「はい、さようなら。」


しゃがんで手を振れば、目の前にいる園児は俺、沢田綱吉に微笑んで。
母親と共に、帰路につく。

きょうのごはんはなに?

そう笑顔で会話をして、小さくなって行く親子を俺は見えなくなるまで眺めて。
もうすっかり暗くなった空を見上げて、1つ伸びをした。

「さあ、俺も帰るか!」


職員室へと向かい、自らの荷物を手に持ち、辺りを見渡して戸締りが出来ているかを確認。
それが終われば、靴を履き替えて、園を出て。
外からオートロックの扉を閉めれば、施錠完了。

今日も1日、園児たちとの楽しい時間を過ごした保育園を後にする。


そういえば、明日は休日。
珍しく休みも取れたことだから、と俺は辺りを散歩して帰ることにした。


暫く歩き、地域のグラウンドの前を通り過ぎる。
そこに居るのは、野球の練習をしているらしい少年たち。

大きな掛け声と共に、グラウンド中に散らばっていた彼らは、1つの場所に集合し。
こちらにまで聞こえて来るほどの大きな声で、「ありがとうございました!」と頭を下げた。

その中心に居る、背の高い男。
旧友である彼の姿を視線に捕らえ、俺は声を掛ける。

「山本!!」

それに気付いたらしいその男、山本は俺の方を向いて。
その右手をぶんぶんと左右に振った。




「お疲れ様。」

帰宅準備の整った山本に、そこの自動販売機で購入したコーヒーを差し入れる。
さんきゅ、と礼を言ってそれを受け取った山本は、鞄を背負い、俺と一緒に歩き出した。


「でも、珍しいな。ツナがここ通るなんて。」

歩きながら開けた缶コーヒーを口に含み、山本が尋ねる。

「今日遅番だったんだよ。それで、明日も休みだから、散歩でもして帰ろうかと思って。そしたら、野球、してるのが見えたから。」

それに答えながら、俺はさっきまで山本たちが居たグラウンドを振り返った。

「大変だなー、こんな遅い時間まで。ガキの面倒、見てたんだろ?」

「ガキって…。そんな言い方しないでよ。みんな俺の、可愛い園児なんだから。」

そんな俺の答えに関心して、山本はそんなことを言って。
ガキ、なんて聞き捨てならない単語が聞こえたから、俺はそれを訂正する。

「はは、さすが保育士サン。」

そしたら、山本に笑われて。

「そう言う山本だって、会社終わってからでしょ?野球チームのコーチ。大変じゃない?」

だから逆に質問返し。

「まあ、俺のは半分趣味だしな!野球が出来ればなんでもやるよ。」

昔から変わらない笑顔で答える山本は、本当に、楽しそうだった。


「さすがは、“野球バカ”だね。」

「はは、その通りだな!」


2人して肩を並べて笑い合うのなんて、本当に久しぶりで。
最近は仕事も忙しいからなかなか会えなかったな、と歳を取ることに少し寂しさを覚えた。


「最近、見てないなー、獄寺くん。」

そんなことを考えていると、同じく旧友の彼を思い出した。
彼にもなかなか会えていない。
“野球バカ”という単語も、そう言えば、彼が言い出したんだっけ。

「俺もだよ。最近ホントに忙しいみたいだぜ?」

「え、山本もなの?」

「だってアイツ帰って来ねぇんだもん。」

って言っても、2日くらいだけどな?


笑って話はしても、やっぱり寂しいのだろう。
山本は少しだけ、目を伏せた。

「喧嘩とかじゃないんでしょ?」

「…ほんと、ツナのその寛大さには頭が上がらねーよ。」

心配して発した俺の質問には答えがなくて。
かわりに、また少し笑い声交じりの彼の声が聞こえて来た。


寛大、なんて。
そんなつもりはないのだけれど。

きっと、世間から見ればそうなんだろうと思うことは度々あったりする。

昔から、というかもう知り合って間もない頃から。
山本と獄寺くんは、そういう関係。

カミングアウト、なんてたいそうなものがなくても、俺はそれに感づいて。
2人の口からちゃんと聞かされてからは、応援しているつもり。

なんだかんだ、色々あったみたいだけど、山本が会社に就職してからは2人でマンションを借りていて。
そこで一緒に暮らしている。

それはもう、本当に幸せそうで。
これからもずっと、2人にはそうであって欲しいと願う。


「研修、なんか良くわかんねーんだけど、泊まりとかあるらしくてさ。」

「そっか…研修医、やってるんだもんね。」

獄寺くんは、さすが、昔から頭が良かったと言うべきか。
今は立派な医大生。
それで、研修医として、近くの、と言っても距離的には遠い大学病院で働いている。

「しかも、シャマルのいる病院。ありえねえだろ。」

その病院には、かつての俺たちの中学の保健の先生、シャマルも勤務していて。

「…心配なんだ。」

山本はそこが一番、気がかりらしい。

「なんてったって、獄寺の憧れのお兄さんだからな。」

今は絶対、山本が大好きだと思うんだけど。
そんなことを言えば山本は調子に乗って、絶対に獄寺くんの勉強に支障が出るから。
もう暫くは、伝えないでおこうと思う。

それに山本だって口ではそう言っても。
そんなに本気で心配していない辺り、自惚れてるんじゃないかと考える。

まあ、その通り、なんだろうけど。


そうやって色んな話を繰り返して。
歩き進めていれば、俺たちは無事にと言うのだろうか。
俺の家の前に辿り着いた。

「じゃあな、ツナ!」

「うん。またね。」

そうして俺が自宅へ入ろうと扉を開ければ。


「ツナさんーーー!!」

中から予想外の人物、ハルが飛び出して来た。

「ハル?何やってんの?」

「お邪魔してます、ツナさん!あ、あれ、山本さんですよね?!一緒にご飯食べましょう?」

「え?どういうこと?」

「いいから、ツナさん。山本さんを呼んで来て下さい!」

そう言うハルに背中を押され。
俺は有無を言わさず山本の元へと走らされる。

それに気付いたらしい山本は俺の方を振り返って。
不思議そうに見つめられた。


「…なんか、うちにハルが来てて…。良かったら山本、一緒に夕飯食べない?」


俺だって、事の成り行きがよくわからないから。
それ以上詳しく説明のしようがなくて。

それでも、そう伝えれば、山本はいいぜ、と頷いた。




「「いただきまーす!」」

自宅に、足を踏み入れて、俺は驚くしかなかった。

今は一人暮らしをしているマンションの一室。
数年前に付き合うことになった京子ちゃんが合鍵を使って中に入ることはあっても。

未だかつて、これほどまでの大人数がここに入ったことがあっただろうか。

そう、事の成り行きは至極簡単だったらしい。



近所のケーキ屋さんでパティシエとして働く京子ちゃんと、少し遠くの洋服屋で働くハルが、たまたま偶然、帰り道で遭遇したらしく。
今日は俺の家に遊びに行くのだと、京子ちゃんが話せば、ハルも行くと言い出して。
どうせなら、久しぶりにみんなで騒ごうと、かつての友だちを手当たり次第誘いまくったそうなんだ。

中学から帰り、ダラダラと過ごしていたのか、制服のままのランボ。
それに反して、きっちりと思春期の女の子らしく身なりとを整えたイーピン。
相変わらず、偉そうにあぐらを掻いて座っているリボーンはそれでも小学校の宿題なのか、机に向かってペンを走らせている。

そこには、骸も雲雀さんも、クロームも、お兄さんだって居て。

10年前と同じような光景がそこには広がっていた。

俺は久しぶりに会うその面々と、他愛も無い話や近状報告をして。
その間に、京子ちゃんやハルは食事を作ってくれていて。


出来上がった料理を、皆でまた、わいわいと話しながら口に運んでいた。


「そう言えば、山本くん。獄寺くんはどうしたんです?」

「勉強なのな。研修医、頑張ってるんだぜ?」

「そうですか。」

そんな時、ふと耳に入って来た、山本と骸の会話。
やはり、持つべきものは理解ある友だち、なんだろうか。

皆に認められている彼らの関係、一歩外に出てしまえばそうはいかないのだろうけれど。
ここに居る仲間だからこそ、こんな風に、普通に話が出来て。
俺だって、そんな光景を微笑ましいと思う。

「君は?あの子とどこまでいったの?」

「ひ、雲雀さん…?!」

まだまだ、京子ちゃんと手を繋ぐことしか出来ていない俺からすれば、羨ましい、関係だったりもして。

なんでもない、こんな瞬間が酷く幸せなもののように思えて来た。



そうして、暫くして。
食卓の美味しかった食事がもう殆どなくなった頃。

山本の携帯の着信音が鳴った。


「…誰だ?、獄寺?」

ポケットに入れていたらしい、携帯電話のディスプレイを見て、余程嬉しかったのだろう山本はそんな声を上げて、電話に出る。

「もしもし?」

そこで、伝えていたのは、彼が今、俺の家で食事を終えたこと。
それから、昔の仲間が皆集まっていること。

「うん、うん、わかった。待ってる。」

そうして、それだけを言って、終話ボタンを押す。


「獄寺くん、何だって?」

その会話の中身が気になって、尋ねてみれば、

「獄寺、もうそこまで帰って来てるんだってさ。だから、ここに来るって。」

そう、山本は笑顔で答えた。









そっか。

来るんだ、もうすぐ、獄寺くん。


きっと、この部屋に入って来た獄寺くんは、真っ先に、山本の名前を呼ぶんだろうな。

“野球バカ”、なんて悪態をつくかも知れないけれど。

それでも俺は知ってるよ。

山本と2人きりのとき、獄寺くんは山本のこと、武って名前で呼んでるんだ。
山本だって、恥ずかしげもなく隼人なんて、人前で呼んだりして。


それでいつも獄寺くんは怒るんだよな。
人前で呼ぶんじゃねーって、すんごい剣幕でさ。


この前の任務の時だって…







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