季節物
□今日は花祭り
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今日は花祭り
「ね、コジロウってさ、お釈迦様みたいね。」
手帳を眺めていた彼女が、突然、そう言った。
「は???」
悪の組織に身を置く人間には余りにふさわしくないその言葉に、そもそもなんと返せば良いのか。
とりあえず彼は自分の心に正直に素頓狂な声をあげた。
「ヤダ、何?マヌケな顔しちゃって。」
「おミャーが悪いのニャ。唐突過ぎてワケが解らんニャ。」
彼女の言葉に横からもっともな返事を返したばけねこポケモンは、言い終わるが早いか毛繕いを始める。
柔らかい春の日差しに包まれて、まるで本物の猫にでもなったようだ。
「で、何で突然釈迦の話なんだ?」
彼が日差しのように穏やかに微笑んで、話を続ける。
「別に唐突でも突然でもないでしょー。今日は花祭りなんだから。」
「花祭り?」
「ニャ…釈迦の……誕生日ニャ。」
「へぇ…。ニャース物知りだな。」
「ってか、アンタ何で知らないのよ。クリスマスみたいなもんでしょうが。」
彼の疑問に途切れ途切れに答える猫に素直に感心すると、彼女から不満の声が漏れた。
彼女にとって自分の常識は世界の常識だ。
彼にとって、彼女のそういう所は憧れるし、尊敬する所であるのも事実だが、その大半が面倒くさく感じるのも正直な話。
「普通知らないって!
そもそも、世間の認知度が違い過ぎるだろうっ!?」
「何言ってんのよ!!
さっき通ったショッピングモールにだって、でかでかと花祭りって書いてあったじゃない!!」
「まぁまぁ。それぐらいにしておくニャ。
そんなことより、なんでコジロウがお釈迦様なのニャ?」
今にも殴り合いを始めそうなチームメイトに声をかければ、あぁ。そんな話してたっけ。と、張り上げていた声が穏やかになる。
「そう言えば…何でかしら。」
「何ニャそれは。」
呆れた素振りを見せる猫は気付かなかった。
猫の言葉の直前に、彼をまじまじと見ていた彼女が、それこそ唐突に、ふいっ、と、視線を逸したことも、後ろを向いたその耳が、朱く染まっていたことも。
「ホラ、せっかくだし、お寺行くわよっ。」
「ニャっ?どういう理屈ニャっ!」
「何言ってんのよ。
甘茶と、上手く行けばお茶菓子にありつけんのよ。」
声はどことなくうわずったまま。
話も気持ちも上手く逸らせなくても、そこは彼女のコト。いつもの通り強引に押し進めて…
「あれ?ムサシ顔赤くないか?」
それを許さない彼に、風邪でもひいたかと本気で心配される。
あぁ、ホラ…
「気・の・せ・い・よ!!!」
実はね、自分でも照れちゃうくらい、恥ずかしいコト考えたの。
悔しいから、アンタ達にはきっと一生教えない。
釈迦は大欲の人。
世界中、全ての人に幸せになって欲しいだなんて、私なんかには想像も出来ないくらいに欲深いのでしょう。
でも、あなたも、私なんかの幸せを願ってくれて、その上本当に幸せにしてくれて………、あなたなら本当に世界中の人みんな、しあわせにしてしまえるんじゃないか。と。本気でそう思った。
そんな春の日。
2009年4月8日 よしー。