季節物
□ウソツキノヒ
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大好き。
今日はね、年に一度だけの嘘を吐いても良い日だから。いくらでもホントが言えるの。
―――ウソツキノヒ。
「ねぇ、コジロウ。」
今年もこの日がやってきた。
1年に1度、今日という日の午前中半日だけ、アタシという人間がとても正直になれる。
「ん?どうした?」
尋ねながらも、次の言葉は容易く予想出来るんだろう。彼は恋人に満面の笑みを贈った。
春。今日から4月。
公園には桜の花が咲き乱れ、彼等も御多分に漏れずお弁当を持ってピクニック。まぁ、御多分に漏れず、と言っても、平日の午前中ということも手伝ってか、公園には人もまばらで、花見客に限って言うなら彼等以外の姿は無いが。
彼の隣に何のためらいもなく座り、するりと腕を絡ませる彼女が見られるのは、あと時計の長い針が1周ちょっとするまでの間。
ポケモン達がいないのは今日がウソツキの日だからだ。
今日は彼女が他人に甘える日。
ウソだから。と、自分に言い訳して、ホントを伝えてくれる日。
今日の花見がデートなのも、彼女のワガママなのだ。
「大好き。」
甘ったるい声を使い、彼の耳元で囁く。
ゆっくりと彼へと流れる彼女の香水の香り。
彼は言葉のかわりに彼女を抱き締めた。
自分も。だなんて、今日という日にとても言えない。
この時間がウソじゃないことくらい解ってるのに。
「コジロウは?」
そんなことは知らずか、解って試しているのか、彼女はやはり、するりと彼の腕から抜け出して、上目遣いに彼を見る。
「アタシのコト、例えば…マネネより好き?」
小首を傾げて心配気に見つめてくる彼女は、しかしどこか楽しそう。
普段は全然気にしてないって顔して、本当は不安だったりするんだろうか。
「ウソで良いの。言葉を頂戴?」
――これも本音?
くしゃり。と、彼女の髪を撫でても、今日はセットがどうのと怒られない。
「あと1時間したら言うよ。」
まだ冷たい風が走り抜ける。
彼女は少し震えて彼に抱き付く。
「今、言って。」
彼の胸に顔をうめたまま、ぽつり。
「でも……、」
「1時間したら、本当になっちゃうでしょう?」
その言葉に、どきん。と、心臓が跳ねる。
彼女の顔が持ち上がり、青い瞳が彼を見つめた。
「本当じゃ、ダメなの。」
「どういう…」
「本当は、アタシか、マネネか、選べちゃ、ダメなの。」
「…………あ……。」
「それでも、どうしても、言葉が欲しくなっちゃう。」
どっちが大事?
そんな下らないことに、答えを出せる貴方であって欲しくない。
けれど、
「ごめんね。恋するオンナノコはワガママなの。」
「いや、こっちこそ、なんか……ゴメン。」
ウソが許される日に愛を囁くのは、ウソをつくみたいで嫌だったけれど………、
もう一度彼女を抱き締めて耳元に唇を寄せる。
「俺、ムサシがいたら他には何もいらないや。」
「本当?嬉しい。」
花のような笑顔に引き寄せられてか、ふわふわと舞う花びらが、一枚だけ彼女の髪に着地した。
「あぁ。そっか。」
「何?」
おもむろに手を伸ばして、その花びらを掴む。
「花、見に来てたんだっけ。」
まじまじと花びらを見つめる彼に、彼女は思わず噴き出す。
「何言ってんのよ。
ホラ、折角だしお弁当、食べるわよ。」
言って弁当箱の蓋を開ける彼女を尻目に、彼は空を見上げた。
薄いピンク色の奥に鮮やかな青。
こんなにも綺麗なのに、さっきまで本当に彼女しか見えていなかった。
「あながちウソじゃないのかも。」
「え?」
「何でもない。」
重過ぎるこの気持ちが、君を傷付ける可能性さえあるのなら、本当を伝えるのは今日だけで良いのかもしれない。
ウソという言葉で全てを隠して。
「はい、コジロウ。あ〜ん。」
にっこり笑った彼女から差し出される唐揚げ。
「え、えぇっ?!」
「ヤダ何?照れてるの?」
彼が慌てれば、彼女は幸せそうに笑っていて、
「ち、ちがっ……」
「え〜、本当にぃ〜?」
あぁ。今日の魔法が解けるまで、あと少し。
今日はトクベツ。ウソが許される日だから。
だから、お願い。もう少しだけ……。
2009年4月1日よしー。