季節物

□あたたかい一日
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バレンタインの続き。




その日、彼は明らかに落ち込んでいた。
世間が浮かれたバレンタインデーと呼ばれるイベントは、最早1ヶ月近く前のコト。

そのイベントには彼も御多分に漏れず愛する恋人からチョコレートを貰った。
綺麗にラッピングされた………チロルチョコとマーブルチョコを。
ご丁寧に「本命チョコ」の言葉を添えて。

しかもポケモン達には手作りチョコ。敵であるハズのジャリボーイ(大)にもだ。

……俺もムサシ手作りの生チョコ、食べたかった。


そんな彼の心も知らないで、彼がホワイトデーにプレゼントを送る相手は、彼の隣りで呑気にプレゼントを選んでいる。
モチロン、ホワイトデーに彼以外の男に渡すつもりだ。

全く逆チョコだかなんだか知らないが………

……自分も、送れば良かった。


彼女は自分の恋人。そういう立場だ。間違いなく。
まさか浮気ってヤツじゃ…
そうも思うが、彼女は浮気なんてものが出来る程器用な人間じゃない。

そんなことは解ってる。

もしも彼女が、他の男になびいたらその時は………覚悟しなくては、彼女は、本気だ。

いや、でも彼女は「本命チョコ」と書いてチョコレートを送るなんて、余程信頼している本命相手にしか出来ないだろうし。しばらくその心配は必要ないハズ。
彼女は義理に「本命」と書ける程、恋愛に夢を見てないわけじゃないし、本命チョコに「本命」と書いたら途端に嘘臭くなることを、知らない訳じゃない。彼女が、自らが抱えている不安を表に出すことは滅多にないけれど、今回のこともきっとその類いだ。

全く、彼女の表現は難し過ぎて、餅がいくつ焼けるか解らない。
でも、それでも俺は、彼女の滅多に見せない甘えを、理解して、抱き締めて、不安を埋めてやりたいと思っていた。

「な、ムサシ、」

「なぁに?コジロウ。」


そっと頬に触れれば、くすぐったそうに笑う。

彼女には、恋人にしか見せない表情が存在しない。
所謂「対恋人用」の甘ったるい声も、日常生活で使うことは全くなかった。


――それでも、この表情を、引き出すことが出来る人間は、多分、俺だけ。


「やっぱ、一緒にプレゼント選ぶのやめないか?」


彼女が、目を見開く。
その顔は、彼女の淋しさを表していて、彼は慌てて言い繕った。

「ホラ、ムサシは別の人にあげるから良いかもしれないケド、俺はムサシにあげるものを買うわけだし。」

「………わかったわよ。」


呟いて、ふぃ、と、視線を逸す彼女は、やはり少し、傷ついていて、繕いきれなかった自分の言葉に少し苛立つ。
本当は、恋人の為のプレゼントを恋人と一緒に選ぶのも、悪くはないと思うけど、器の小さい自分には、他の人を向いている彼女がどうしても受け入れられなかった。
いつもそうだ。
思っていることが、上手く行動に結び付かない。自分の気持ちを、優先させてしまう。
こんな表情、させたくないのに。

「せっかく久しぶりのデートだと思って、楽しかったのになー。
ま、またの機会に、ね?」

大袈裟に、残念がってから可愛らしく小指を差し出す。
差し出された指に、自分のソレを絡ませれば、嬉しそうに笑って、じゃあね。と手を振る。


―――君は、僕にさえ甘えない。
甘えてくれない。


もしかしたら、自分の器が小さ過ぎて甘えきれないのかとも思う。


解ってるクセに。


ワガママな自分にため息をついて、彼は歩き出した。



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