季節物
□ひみつのデート、しよう。
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7月に入って早一週間が経とうとしている。部屋に響き始めた雨音は心地よく感じるが、気温はまだ高く、じめじめとした蒸し暑さは健在。今年は梅雨明けはまだ先の話のようで、雲のカーテンは天の川を覆い隠していた。
はぁ。
大きな溜め息が聞こえ、ムサシは相棒を睨みつけた。
「幸せが逃げるわよ。」
「だってせっかく七夕なのにさ、」
雨だなんて。と、うなだれる相棒に同情よりも勝る気持ちは大の男が情けないという類の物で、ムサシは自らの眉間によったシワを指で押さえた。
ムサシの隣ではニャースがまぁまぁと彼女を宥めている。
「まあ確かにね、せっかく祝えるんだし、笹飾りも気合い入れて用意したのに残念よね。でも、」
テーブルには所狭しと並ぶどさくさに紛れて用意したごちそう。
そう。せっかく用意したのだからこそ、
「目の前で溜め息つかないでくれない?気合い入れて用意したからこそ美味しく食べたいの!!」
「確かにニャー。目の前で溜め息つかれたらせっかくのごちそうもマズくなるのニャ。」
2人の言葉を聞いてコジロウは慌てて顔をあげ、ゴメンと小さく呟いた。
「そういうんじゃないんだ。せっかく用意したのに、とかじゃなくてさ。」
コジロウは振り返って窓の外を見上げた。
雲は晴れそうもないくらい分厚い。
「せっかく年に1度のデートなのに、織り姫も彦星も会えないんだって思うと悲しくなって…。」
テーブルの方を向いてしゅんとしてしまったコジロウの表情に対峙した2人は言葉を失った。
「……おミャー、本気で言ってるのニャ?」
「そうよコジロウ!!織り姫も彦星も、人から隠れてるだけでちゃんと雲の上で会ってるのよ?!」
「ニャっ?!」
心底驚き先に口を開いたニャースに同意してムサシが続けた言葉は、しかしニャースの意見とは少し異なっていて、ニャースは再び驚きの声を上げた。
(コイツら…イイトシして星の擬人化がマジだニャ。全力で七夕伝説信じてるのニャ。)
ニャースが心底驚いて半ば呆れ顔でムサシを見つめるその向かい側で、小次郎はニャースとは全く逆の表情でムサシを見つめていた。
「そうなのっ?!俺そんな話聞いたことない!!」
「何を言ってんのよ。みんなそう言ってるし、それに、常識的に考えなさいよ。他人がラブラブしてる所なんて見たくもないし、見られるのなんてもっと嫌でしょーが!!!」
ニャースには最早この2人が何を話しているのかがわからない。
そこには人間だとか、ポケモンだとかは関係の無い、何か大きな壁が立ちはだかっているように思えたけれど、でも、なんだか、自分よりだいぶ体の大きいこの2人が、可愛く思えて、それがとても嬉しくて、テーブルを挟んで顔を寄せ合い真剣に話す2人をよそ目にニャースは浮かれ気分で皿の上の肉団子をひとつ、口に運んだ。
「あっ、ちょっとニャース!!何先に食べてんのよ?!」
「おミャーらもさっさと食べると良いのニャ。冷めてしまうと勿体ないニャー。」
いけしゃあしゃあ言い放てば、納得したようで、2人ぶんのいただきますが響いた。
カチャカチャと食器の音だけが響いてしばらく、コジロウが少し寂しそうに口を開く。
「ムサシさ、デート見られるの嫌なの?」
「当たり前でしょ?そんな恥ずかしい事、絶対嫌。」
「俺にも?」
間髪入れずに答えたムサシは、返ってきた言葉に手を止め、あからさまに顔をしかめる。
「仕事のパートナーになんか、一番見られたくないわよ。」
再び箸を動かすムサシに、コジロウは少し困ったように慌てたように詰め寄った。
「じゃあ、ほら、あの、恋人とか、結婚したい人とか出来たら紹介してよ!!」
「なんでよ。」
「だって、ムサシの幸せそうな顔、俺だって見たいし!」
「恋人と一緒にアンタに会うなんて、出来るわけないでしょ?恥ずかしい!!」
顔を赤らめるムサシを横目で見ながら、ニャースはグラスに入った麦茶を飲み干し、コトリとテーブルに置いた。
「じゃあ、ムサシとコジロウが一緒になれば良いのニャ。」
そうすれば、いつまでも四六時中3人でいられるじゃないか。自分もムサシの幸せそうな顔は好きだし、それを見る為には相手はコジロウである必要がある気がした。名案だと自分で思った。
「ばっ、バッカじゃないの?!」
「ニャース…!!お前天才だな…!!!」
「アンタも、何言ってんのよ!!」
「ムサシ、結婚してくれないか?」
「無理!!だいたいアンタ婚約者いるじゃない!!!」
「なんとかなる!!」
「ならないわよ!!」
こんな風に、毎日が続いて行けば良い。七夕伝説の主人公達のような「久しぶり」は自分達には似合わない。
ふと、気付けば雨が止んでいて、ニャースはぴょこんと床に飛び降り、窓へと近付く。
雲はかかったまま。ニャースはふっと笑ってカーテンを閉めた。
3人だけの世界で織り姫と彦星に負けないような、秘密のデート、しよう。