季節物

□策略の末路
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ふわり、

身に纏った空気は柔らかく、まだ肌寒さは覚えるもののすっかりと春の空気になっていると感じた。

今日から4月。

うーん、と、大きく伸びをする。
入ってくる木漏れ日、鳥の鳴き声。ああ。本格的に春だ。


服を着替えて部屋の扉を開けたらぷぅんと漂う甘い匂い。

おや?と思い、そのまま階段を下りてキッチンの戸を潜る。
ちょうどそのタイミングで見慣れた紅い髪がぴょこんと揺れて、ダイニングテーブルの向こうから顔を出した。

「ムサシ?」

「あ、おはようコジロウ。」

上機嫌で振り返った愛しく可愛い相棒の表情は極上の笑顔で、コジロウも釣られて笑顔を返した。それだけでどうしようもなく幸せ。

「何してたんだ?」

「うん。あのね、材料があったからスコーン焼いてたの。コジロウも食べるでしょう?」

「せっかくの材料、無駄にしないでくれよ?」

ムサシは頬をぷぅ、と膨らませてついさっき焼き上がっただろうスコーンをオーブンの鉄板ごとコジロウの方に突き出した。

「何か問題あるように見える?」

チョコチップが覗いた三角形のスコーンは、先程からの甘い香りを強めて鼻腔をくすぐる。
コジロウは内1つを摘んで口に運んだ。
サクッとした食感が心地良い。

「うん。問題なさそう。」

「何それ!!失礼じゃない?!」

「ゴメンゴメン。ムサシって料理出来ないイメージがあったからさ。」

「こんなの、料理の内に入らないでしょ?」

ぷい、とそっぽを向いたムサシは焼き上がったスコーンをクッキングシートごと皿に移して、新たなシートを鉄板の上に敷く。その流れでボウルの中に残っていたタネをどんっと乱暴に鉄板の上に移して円く形成した後、ザクザク包丁を入れ、鉄板をまたオーブンの中に入れ、バタンとオーブンの戸を閉めた。

あらら。怒らせちゃったな。

「ムサシ、ゴメン。ムサシが料理作ってるの珍しいから…」

「だから、こんなの料理の内に入らないのっ!!」

なんだか、怒り方がいつもと違う気がする。
考えて、ひとつの可能性を見つけた。

「ムサシ、何の為に今日スコーン焼いてたの…?」

バッと顔を上げたムサシは、1度口を開いて、何も言わずに気まずそうに視線を逸らした。
やっぱり、エイプリルフールだからって俺の事騙そうとしたな。

思ったのも束の間。

「食べて欲しかったの。」

「……へ?」

「だからっ!!
コジロウに食べて、喜んで欲しかったのっ!!」

予想外の言葉にコジロウはビックリして言葉に詰まった。
え、何これ嬉しい。

「なのに、美味しいって言って欲しかったのに、問題ないなんて、」

ああ、俺はなんて事を…、

「ゴメン、ムサシ。ゴメンな。美味しかったよ。」

「………。本当に?」

「うん。本当。」

不安そうに覗き込んでくる瞳がたまらなく愛しくて、そのままムサシをぎゅっと抱きしめた。

「ね、ね、じゃあね、もっと食べて。」

するりと腕から抜け出してムサシはスコーンの乗ったお皿を持ち上げた。

「どうぞ。」

その可愛らしい笑顔に少しだけ罪悪感を覚えながら、コジロウは手前のスコーンを手に取る。
ムサシがこれ以上ないくらい嬉しそうに笑った。


ガチャ。


「おはようだニャ!!ムサシ、どうだったニャ?今年こそコジロウの事上手に騙せたのニャ?!」


「え…?」



「ニャース!!あんたってヤツはなんでそんなにタイミングが悪いのよ!
今まさにコジロウが辛子入りのスコーンを食べる所だったのに!!!」

「ニャんと!!それはすまなかったのニャ!!!」


……………。



「「あ…。」」


「あははっ!コジロウ、それ食べない方が良いかも。」

「ニャ。ニャーに貸すのニャ。ポイしちゃうのニャ。」


……………。


「だっ、だいたいコジロウが悪いのよ!毎年コジロウばっかり上手に嘘つくから!」

「ニャー達だってたまにはコジロウをギャフンと言わせたかったのニャ!!」

必死で弁解しようとする2人をよそにコジロウはスコーンを3つに割った。

「せっかくムサシが焼いてくれたんだもんな。いつもみたいに3人で分けて食べようぜ。」


…………。

2人は笑顔で手渡されたその恐ろしいお菓子を、げんなりと見つめて、ほぼ同じタイミングでコジロウを見た。
そして3人は意を決したようにそのお菓子を口の中に放り込む。


「「「ぎゃふん!」」」




今日はエイプリルフール。
世界は概ね平和なようだ。


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説明文で黒い宣言をしたのでヤな感じではなくぎゃふんと言わせたとか言わせなかったとか。
コジロウ氏をギャフンと言わせたかったというニャースさんのリクエストにお答えしてぎゃふんと言わせたとか言わせなかったとか。

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